別れと恋と失恋と

小説

二つの短いお話を書いてみました。楽しんでもらえたら幸いです。

まずは女性の方からいきます。

 気がつくと、独りで子どもを育てて10年以上の月日が流れていたわ。

 私の子は、随分と大きく育ってもうじき私の元から巣立っていくでしょう。それは、とても嬉しく、またどうしようもなく寂しいことでもあるのです。

 そんなときに、ふとあなたと離婚をしてから、10年以上の歳月が過ぎていたことに、気がついてしまったのです。

 結婚前のあなたは,私の全てを受け止めてくれました。私は、今思えば結構我儘な面もあったと思います。あなたは時間にルーズで、よく待ち合わせに遅れてきました。私はそれを広い心で見ることができず、いつも怒ってばかりいました。そんな私に必死に謝ってきても、私はなかなか許すこともしませんでした。それでも、あなたはいつも根気強く、私の機嫌が直るのを待ってくれました。

 私は、実はそんなあなたを密かに尊敬していました。私が感情的になっても、我儘言っても、私から決して離れないでいてくれたあなたをすごいと思っていました。

 あるとき、私はあなたにきいてみたこともありました。

「どうして、私がついてこないでとなじっても、ずっとついてこられるの?」

 これは、私が怒りに任せて帰ろうとしたときに、あなたが私から離れずにずっと後を追ってきたときのことです。私の怒りおさまったあとで、あなたにきいてみたのです。

「だって、俺が帰ったらあなたが辛くなるのが分かるから」

 あなたはそう言ってくれて、私をとても驚かせました。あなたの言葉は、確かに本当のことだったからです。

 私は、少しずつあなたに対して信頼と安心感を強くしていきました。勝手に、この人はどんな私のことも受け止めてくれると。また、離れていかないでいてくれると。人と人の間で絶対何てあるはずがないのにね。ましてや男女間のことなのですから。

 それでも、あの頃の私はあなたにとても救われました。あなたの存在が、どれだけ私の支えになっていたことかと思います。

  私は、実はひどい母親なのかもしれません。だって、あなたに離婚を切り出した一番の理由は、結婚する前の自分のせいなのだから。

 結婚して子どもが生まれると、私は睡眠時間が削られていきました。24時間ゆっくり休めるときはありません。そうして、私はしょっちゅう体調を崩して熱を出していました。

 子どもが大きくなり、夜ぐっすり眠ってくれるようになると、私の体調が崩れることも減ったし、更に子どもと一緒の部屋で眠らなくなると、更に体調が崩れることは減りました。自分のペースで睡眠がとれないということが、どれほど体調を崩しやすいのかよく分かりました。

 私が高熱を出しても、あなたは子どもをあまりみてくれませんでした。

「俺もだるい」

と言って、熱を出している私より先に転がっていました。またあなたは、

「俺は、あなたのことが一番大切だ。子どもよりも」

と言っていました。でも、私は子どもを持って、子どもが一番大切になってしまいました。そんな私に多少の不満も抱いていたのでしょう。

 体調不良でも、私は子どもの為にゆっくり休むことはできませんでした。ただ、体調不良の私に自分の食事の支度をさせるとか、そんな酷いことをあなたはしてきませんでした。

「体調が悪いなら寝ていればいい」

 何度もそう言われました。でも、小さな子どもを抱えては寝ていられません。誰かが子どもの世話をしてくれなくては。

 そんな中、私はあなたをよく責める様になりました。自分がきつからと言って、ひどい言葉をたくさん投げつけました。

 だから、あなたが他の誰かに心を寄せても、それは私のせいだったのだと思います。

 そんなことがあったら、きっと私は相当に腹を立てるだろうと予測をしていました。でも、実際は違った。

 私はすごく辛かった。胸が痛くて痛くて仕方がなかった。でも、思ったのです。きっと、適当な浮気ではないだろうと。それなら、あなたも、相手の女性も、そして私もみんなが苦しいのではないかと。この状況をなんとかできたらいいのにと悩みました。離婚を本気で考えだしたのは、それがきっかけです。

 でも、子どももいるし、簡単に考えてはいけないと思った私は、一年間はよく考えようと、自分に期間を設けました。そして、思ったのです。日常のあなたとの様々なやりとりで、私はあなたのことを、もしかしたら嫌いになるかもしれないと。他の人に気持ちがいったことで嫌いにはなれませんでした。でも、日常の積み重ねは実はとても大きくなっていくのです。

 大切で大好きな子どもの父親を、嫌いになりたくないという気持ちと、それよりも割合的には大きく、私はあなたを嫌いになりたくなかった。結婚する前の私が泣いてしまいそうだったから。

 あなたに酷い言葉を言ってしまう自分を変えたいとは、何度も思ってきました。自分の体調がいいときは、それが割とうまくできていたのですが………そう、私は体調を崩しているときこそ、あなたに怒ってばかりいました。怒りのパワーで動いていたようなものです。

 でも、こんな私では、あなたは幸せではないと思いました。

 離婚をしたら、子どもは私が引き取るつもりでした。実際にあなたは何一つ文句を言わずに子どもを私が引き取ることに同意をしました。

 きっと、今離婚をしたのなら、まだあなたはやり直しがきくと私は思いました。もしかしたら、私でない別の誰かと出会って、もっと幸せになれるかもしれないと思いました。

 私は尻尾を巻いて逃げたのかもしれません。あなたとの関りをうまくできない自分から。本当はもっとうまくできる方法があったのかもしれません。

 離婚をして、何年か経ってから、あなたは再婚をしました。養育費をもらっている関係性もあったし、子どもは時々あなたに会いに行っていたので、再婚をするときはお互いに知らせる約束になっていました。

「本当に良かった。おめでとう」

 私は心からそう言いました。あなたは少し驚いた顔をしていました。

「本当にあなたはいい人だね」

 あなたは私にそう言ってきました。いいえ、良い人なのではありません。離婚をするときから、あなたに私よりも素敵な人ができてほしいと願って離婚したから、私が嬉しいと思うのは当たり前なのです。

 養育費、本当はもらいたくないのです。当然、あなたの負担になっているからです。もちろん、親としては当たり前のことだと思います。でも、私個人としては、養育費をもらわなくても平気になりたかった。あなたに自分の人生を楽しんでほしいから。でも、もう少し、子どもが自立するまで許してください。

 あなたには感謝しています。あなたがいたから、私は子どもに会えた。それに、結婚前の私をあんなに救ってくれたことにも感謝しています。

 そんなわけで、私はあなたの幸せを今も願っています。もう、二度と会うことがなくても、寂しいわけではありません。

 私が今寂しいのは、独りになることです。それは、ずっと前から分かっていたけれど、近づくとやはり身に染みます。

 それでも、私は将来的にも子どもに負担を掛けたくありません。心配もさせたくありません。最近、子どもが私にもいい相手ができればいいと言ってきます。でも、私にはそんな相手はこの先できないのではないかと思っています。

 そもそも、私は随分年を取ってしまいました。こんな私に好かれても迷惑なだけでしょうし、仮に淡い恋心を誰かに抱いても、自分からいくなんて、もう今の私にはできないことなのです。

 だから、独りでも大丈夫だというところを子どもに見せなくてはいけません。しっかりしているし、人生を楽しんでいるのだと子どもに思ってもらえなければいけません。

 でも、私はあとどれくらい頑張ればいいのでしょうね?

一つ目のお話はここまでです。次、二つ目に行きます。

 健司は、本屋のバイトを一年間続けていた。大学生になってから始めたものだった。時給はそこまで高くないから、時々他の短期のバイトをすることもあったが、一緒に働いている人たちを気に入っていたから、本屋のバイトが好きだった。

 でも、最近2人パートの女の人が辞めていった。

 代わりに、派遣で1人働きにくるという話は聞いていたから特に問題はないだろうと思っていた。あとは、その人となりさえ良ければ問題ない。

 

 健司が派遣のあかりと一緒に働いたのは、それから間もなくだった。夏休みのことで、健司は多めにバイトに入っていた。あかりは、週に4日の勤務。

「初めまして。よろしくお願いします」

 健司は基本的に人当たりがよく、誰とでも気楽に話す。割と年配の女の人が多いこの本屋では、皆も健司に好意的だ。

 あかりは、健司に仕事を教えてもらった。しかし、あかりは派遣というだけあって、いろいろなことをよく知っていた。それは、健司が知らないことも含まれていた。

「あかりさんすごいですね。勉強になります」

「ううん。健司さんにはいつも助けてもらって感謝しています」

 あかりも気さくに健司に話しかけた。お互いに冗談を言い合って笑いあったりもした。

 また、あかりも健司に対して仕事場の人としての好感は持っていた。だが、それはある時までだった。

 健司は賭け事が好きだった。それで、よく儲け話を自慢げに話していた。

「すごいね。本当に才能があるんだね」

「そうです。俺は、ただすごくレースが好きなんです」

「いっぱいレースの勉強もしているし、それだけ好きなことがあるって幸せなことだね。とってもいいと思う」

 あかりの言葉に、健司は嬉しそうにしていた。けんじがあかりにレースのことを何度話しても、あかりはいつも同じ様に

「本当に好きなんだね。羨ましいくらいだよ」

と、笑顔で言っていた。

また、健司は

「大学出たあとはちゃんと仕事をするつもりだよ。いくらレースで勝てていても、それはそれだからね。仕事はちゃんとしなきゃ駄目でしょ」

と、あかりに語った。

「そうなんだね。それがいいと思う」 

 健司はあかりが健司のギャンブルを認めたことを、他の人にも嬉しそうに言っていた。そんな健司を見ても、あかりはいつも笑顔でいた。

「あかりさん、あかりさんにはボーナスがないから、俺がボーナスをあげる」

 あるとき、健司がそう言って封筒を渡してきた。中には3万円ほどが入っていた。

「えっ? 何で⁉ 確かにボーナスはないけど………」

「あかりさんはいつも頑張っているから。それに、○さんにもあげたんだよ。それに、レースでたくさんもうけたらから」

 〇さんとは、あかりさんより少しだけ後に入ってきたパートの女の人だった。〇さんは、それを受け取ったらしい。

 健司は当然簡単にあかりが受け取ってくれると思っていた。だから、少し意外だったが、〇さんに先に渡していて、〇さんは喜んでもらっていたと話したら、あかりも笑顔で受け取った。

 健司は、そんなあかりの笑顔に安心を覚えた。

「あかりさん、昨日は早く寝たの?」

 働いているときに、健司があかりに言ってきた。

「えっ? どうして??」

「家の電気が早く消えていたから」

 あかりはそれ以上そのことには何も言わずに、話題を変えた。

 それからも、何度か健司はあかりの家の付近にいたと分かるようなことをあかりに言ってきた。

(俺は、いつもあかりさんの傍にいたい。あかりさんが出てきたらいいのに)

 健司はそんなことを考えながら、あかりの家の周囲を度々歩いていた。健司があかりの家の付近にいたことを言っても、あかりの仕事場での態度は変わらなかった。

(他に何か俺にできることはないだろうか?)

 時期はクリスマス近くだった。そこで健司はあかりにプレゼントをしようと決めた。しかし、さすがに高価なものは送らない方がいいと思った。そこでバスセットを贈ることに決めた。

 バスセットは、あかりのロッカーに入れた。ここはロッカーはあるものの、鍵はついていない。カードはつけたものの、少し不安になって自分の本名は名乗らなかった。ただ、他の誰かと勘違いをされても嫌だったから、『レース好きのものより』と書いた。

 しかし、あかりからは何も反応はなかった。そこで、健司は再びあかりにお金を渡した。もちろん、あかりに渡す前に〇さんにも渡した。〇さんは何も考えずに喜んで受け取った。

「あかりさん、またレースで勝ったんだよ。だから〇さんとあかりさんにだけおすそわけだよ」

 しかし、あかりの表情が固まった。健司の中に不安が広がる。

「ごめん。気持ちはありがたいけど、受け取れない」

「でも、〇さんも受け取ったし、大丈夫だよ。それに、負担ならこれで最後にするから」

 健司がそう言うと、あかりはしぶしぶ受け取った。

(あかりさんは俺のことが好きではないのかもしれない。いや、まだ分からない)

 健司の中に苦しい感覚が生まれそうになったが、それを健司は見ないようにした。

 あかりが、あるとき、控室で自分の作ってきたお弁当を食べていた。

「あ、ハンバーグおいしそう。食べてもいい?」

 あかりの態度はずっと何も変わらなかった。だから、健司も大丈夫だと思っていた。

「だめ。私が食べるから」

 あかりはそう言うと、さっさとハンバーグを口へ頬張った。

数日後、健司が忘れ物をとりにバイト先へいくと、店長とあかりの話し声が控室から聞こえてきた。

「私、どうしたらいいのか分からないです。気持ちに答えることはできない。お金も2回目ははっきり断ったけど、私のお弁当のおかずを食べたいと言ってきて、結構きついです」

「それは、結構きているね」

 健司はどきっとした。これは明らかに自分のことだと思った。健司はそのあとの話はきかないで、家に帰った。

 それから少しして、健司には恋人ができた。それなりに恋人のことは好きだったけど、まだあかりのことが忘れられていなかった。でも、恋人ができたことをあかりに話せば大丈夫になると思った。

 あかりは、健司に恋人ができたことを喜んだ。健司の胸は少し痛んだ。

「良かったね。いい彼女ができて。私も相手がほしくなっちゃうよ」

 あかりは軽口をきいてくる。

「でも、絶対にあかりさんは俺を好きにならないでしょ」

 健司の口からつい言葉が出てしまった。あかりは、無言だ。なんと言っていいのか分からないような顔をしている。

 でも、一瞬無言だったものの、あかりは話題を変えて話をした。健司は、それに救われた気もしたが、胸が痛んだ。

 その後もあかりの態度は変わらなかったが、しばらくして、あかりは派遣会社もやめたらしく、当然本屋にも働きにこなくなった。

 健司はあかりの家に行ってみる。しかし、そこにあかりの家はなく、引っ越しをしたようだった。

「そう言えば、引っ越しをすると少し前に言っていたっけ」  これは、健司が他の人からきいたことだった。あかりは本屋で働いていたころから引っ越しをしていたのだった。

タイトルとURLをコピーしました