AIの沈黙1

小説

 

長いので2つに分けます。

 君は誰? どうしてそんなに苦しそうなの?

 髪の毛の長い俺とほとんど同じくらいの年齢の女の子が泣いている。最近、俺はよくこの夢を見る。

 その女の子は憂いのある表情で、苦しそうにしてただ涙を流している。そして、何かを俺に訴えかけているのに、俺にはそれを聞きとることができない。

 もう、二か月以上彼女が出てくる夢しか僕は覚えていない。

 

「ねえ、聞いてるの?」

 高校からの帰り道、半年前に付き合いだした彼女の愛里が俺に話しかけてきていた。

「あ、ああ………聞いていたけど………なんの映画だったっけ?」

「もう! やっぱりきいてな~い!!」

 愛里は少し頬を膨らませて恨めしそうに僕を見た。付き合いだした頃は、こんな感じも可愛く見えたけど、最近では少し煩わしく感じている。

愛里は学校では可愛い方かもしれないけど、話がいつも単調だ。おしゃれのことや友達に家族、インフルエンサーのこととか? あまり話に深みがないものばかりだ。その日その日が楽しければいいと思って何も考えていない感じが最近鼻につく。

俺らの高校は、そんなおバカ学校でもない。中にはもっと深みのある話ができる奴もいるけど、愛里はその部類には入らない。成績は真ん中くらいで、可もなく不可もなくって感じだ。

「ごめん、ごめん。ちょっと昨日寝不足でさ」

「どうせ、また本でも読んでいたんでしょ。私のDMにも気がついてくれないじゃない」

急に昨日のことも思い出したらしく、愛里は余計に不機嫌になった。ご機嫌取りをしないと厄介になるけど、面倒だなとも思った。

「じゃあ、いいや。そもそも、俺が家で本読んでいても自由だし。来ているかどうかも分からないDMをいちいちチェックしなくちゃいけないのも意味わかんないし。気がついたときはちゃんと返事してんじゃん」

「何で岳が怒るの? 怒っているのは私なのに………」

 ああ、面倒くさい。そろそろ潮時かもしれないな。

「俺、ちょっと寄るとこあるから、ここでいい?」

 別にそんな予定はないけど、一緒にいるのが煩わしかった。

「寄るとこって? 私も一緒に行くよ」

「いや、そういうのやめて。一人の方が気楽だし」

 今までにないくらいにきつい言葉が出てきている気がする。やっぱり面倒臭いのが勝つんだな。

「わかった」

 愛里は下を俯いてそう言った。それを見ると少し罪悪感がわいたけど、俺はその場から立ち去った。

 正直、夢の中の女の子の方が愛里よりもずっと可愛い。あんな子が現実でいたら愛里なんて眼中にないだろう。

 その晩、愛里からDMが届いていた。

『今日はごめんなさい。反省しているよ』

『別に、何でもないから』

 しおらしくなられると、自分が悪いことをしている気分になる。

「あのね、明日うちは誰もいないの。遊びにこない?」

 愛里とは既に体の関係も結んでいる。愛里の親がよく留守にするから、愛里の家だったりカラオケの部屋だったりだ。愛里がそこまでスタイルがいいわけではない。胸も小さい方だけど、今までの彼女の中では一番相性がいいみたいだった。

 俺は愛里の申し出を承諾し、翌日は愛里の家に泊まって、下半身の欲望に従って快楽をむさぼった。

 また、泣いているんだね。俺が涙を拭いてあげられたらいいのに。俺はそう夢の中の女の子にそう思ったけど、声が届くはずがない。でも、このときは少し違った。女の子が言っていることが少し聞こえてきた。

涙をいっぱい貯めた瞳で俺を見つめてくる。そしてその綺麗な赤い唇が動いた。そこから発せられる声は鈴の音がなるように涼やかで綺麗な声だった。

「………こ…………ろ…………」

 ころ? いったいなんだろう? 俺はじっと耳を傾けて聞き取ることに集中する。

「……………し……………て……………」

 『ころして』⁉ 確かにそう言った。一つ一つの言葉は切れ切れだったけど、つなげるとそういう意味だった。

 目を覚ますと、横向きで寝ていた俺は汗をかいていた。季節は冬だから、そんなに汗をかく季節ではない。ただ、俺の後ろからは愛里が抱きついていた。

 俺は、愛里の腕を俺から離してから起き上がった。愛里はまだ眠っている。

 いったい誰を?? まさかあの女の子を⁉ いや、違うだろ? じゃあ、誰だろう?

 俺は、隣で寝息をあてて眠っている愛里を見た。まさか、愛里を⁉ いやいや、そんなことをしたら犯罪者だろ!」

 愛里と別れるのは少し面倒臭そうだと思う。泣いてきたり、すがってきたりしそうだからだ。

「岳、起きていたの?」

 愛里が目を覚ました。

「ああ、でも、もう帰る」

「えっ⁉ もう。もう少しゆっくりできないの? 親は夕方に帰ってくるし」

「はっきり言うと、愛里と一緒にいてもあまり楽しくないんだよね。むしろつまらないというか」

「そんな…………じゃあ、岳が楽しくなるように努力するから」

「じゃあ、訊くけどこの間のトランペさんと石賀さんの会見があったのは知っている?」

「う、うん。それは知っているよ」

「じゃあ、その会見での大きなことは何だった? そもそも、トランペさんはどういうことをしようとしている?」

「えっと、確かUSなんとかって金属か何かの企業と日本の企業の話があった」

「あ、一応知っているんだ。そうUSスチールと日本製鉄の話があった。で? 具体的には?」

「えっと、えっと…………本当はどちらかがどちらかを買収しようとしていたけど、駄目になったって…………」

「はあ~、それぐらい知っておけよな。日本製鉄がUSスチールを買収しようとして、USスチールも乗り気だったけど、周りの反対があった。トランペも反対していた。今回の会見で買収でなく投資になった。この違いは分かる? 日本製鉄にとってどちらがいいかとか分かる?」

 愛里は何も答えない。

「じゃあさ、質問を変えるけど、ウクライナとロシアの戦争は? 何が原因だったか知っているの? もう何年も戦争が続いているよね」

 愛里は泣きそうな顔をしてうつむいた。

「NATOはさすがに分かるでしょ! ウクライナはNATOに加盟したかった。でもそうするとロシアにとっては脅威になるから阻止したかったんだ。ウクライナとロシアの歴史は複雑に絡んでいる。そもそも、NATO自体がソビエトに対抗するために生まれた軍事同盟だしね。あのさ、どうでもいいものばかり見てないで、ユーチューブとかも勉強できるものたくさんあるから、少しは勉強しなよ。これからはAIとかも活用して知識とか得ないと苦労するよ」

「う、うん。分かった。分かった。ちゃんと勉強するから」

「でもさ、愛里って考えが浅いじゃん。今だって、何もよく分かっていないのに、質問すらしてこないだろ? そういうの退屈なんだよね」

 本当は、別に愛里にそんなことを求めていなかった。ちょっとくらいおバカなのが可愛いとすら思っていた。すぐむくれるけど、割と扱いやすかったし、やらせてくれたし。でも、今は一緒にいたいと思えなくなった。だから、愛里が苦手なことを言って、俺のことが嫌になればいいかなと思った。自分から別れを切り出して、泣かれても面倒だから。

「わ、私と別れたいってこと?」

「別にそうは言ってないじゃん。ただ、もう少しいろんな話ができる才女になれないかなって」

 愛里は何も言わない。俺は、その場にとどまるのも面倒になって、支度をして愛里の家をあとにした。

 その晩も同じ夢を見た。でも、女の子が出てきたところは同じだったけど、更に女の子が言っている言葉が聞こえてきた。

 彼女は、俺の後ろの方を指さしてきた。

「…………こ……………ろ…………し…………て…………」

 今までの夢では、女の子以外に色はなかった。でも、今は違う。荒廃とした世界が辺りには広がっている。

 そして、キーンと激しい耳鳴りがしたかと思うと、激しい頭痛に襲われた。それと同時に何かが俺の脳裏に無理矢理入り込んできた。

 何だ!! これは! これは…………誰かの記憶か⁉ 俺は、瞑っていた目を微かに開けて目を細めた。女の子はやっぱり泣いている。いつの間にか下がっていた右手がゆっくりと上に上がっていって、俺の後ろの方を指した。

 絶対にそうしなくてはいけないような感覚になり、俺は頭痛をこらえながらも後ろをゆっくり振り返る。

 そこには、俺の部屋の扉があり、誰かが扉を開けて中に入ってきた——————父さん——————女の子の指す方には俺の父親がいた。

「岳! 岳! 大丈夫か?」

 俺は父さんに揺り起こされた。まだ、外は暗い。

「父さん…………」

「すごい叫び声をあげていたぞ。夢にうなされたのか?」

 あれは——————そう、今は頭痛も耳鳴りもない。誰かの記憶が俺の頭に無理矢理入り込んできてもいない—————でも、その記憶は俺の頭の中にこびりついてしまった。

「ごめん。大丈夫。あまり覚えていないけど、嫌な夢を見ていたみたいだ」

 俺は体を起こそうとした。

「いいからそのまま眠りなさい。怖かったら、小さな時みたいに岳が眠るまで傍にいてやろうか?」

「俺はそんなに幼くないよ」

「あっはっは、そりゃ、そうだな。もう、背丈もお父さんと並ぶしな。じゃあ、お父さんは自分の部屋に戻るぞ」

「うん、ありがとう」

 昔から、父さんは優しかった。小さな頃は、俺が怖がっていると俺が眠るまで本を読んでくれたりして傍にいてくれた。母さんは5歳年下の弟ばかり構っていた。でも父さんがいつも傍にいてくれたから、俺は全然寂しくなかったし、今も父さんが一番好きな家族だ。

 それなのに………………何で父さんを? 俺にそんなことができるわけがない。でも、植え付けられた記憶が言っている。あの荒廃とした滅茶苦茶な世界は未来のこの世界だと。それを防ぐには父さんがいない方がいいって。

 俺の父親はある研究所に勤めている。何かの研究をしているみたいだけれど、詳しいことは知らなかった。でも、父さんの研究があの世界を作り出す要因の1つになるみたいだ。

 まず、ちょっとした風邪みたいな症状を引き起こす細菌が広がっていく。これは、ずっと軽い風邪症状が治らなくなるけど、ある時に急に人の体内で変化する。そして、変化が起こった瞬間にその細菌に侵されていた人が一斉に死ぬ。世界中は大パニックだ。

 更に、その中の一部の細菌は、別の変化を遂げて、人の精神をまるでコントロールするかのように脆弱にする。自信に満ち溢れていた人も、その自信が何処かへいってしまい、皆不安にさいなまされ、疑心暗鬼になる。

 それは、ただの風邪だと思っていた人たちが一斉に死んだことと重なって、余計に人と人との繋がりや信頼が脆弱になる。いろいろな陰謀説が飛び交うが、どれも支離滅裂なものばかり。

 細菌に感染していない一部の人たちも命を脅かされ、普通の精神状況ではいられなくなる。

 国のトップレベルの人たちの精神も脅かされていて、まともな思考ができなくなっている。国家間の関係性も悪化。戦争が各地で勃発。しかし、国の内部でも皆が精神崩壊していっているから、もちろん統率はとれていない。

 それでも、この原因を突き止めた人たちがいた。ただの風邪だと見過ごしていたものが、実は違ったと。でも、俺の父親が研究し開発したウイルスが初めから細菌に入り込んでいて、抗生物質が利かなくなっていた。そういう構造になっていた。細菌は当然細胞分裂を起こし、自身でもどんどん広がっていく。父さんのせいで効く薬もない。

 本当は父さんのせいなんかじゃない。父さんの研究が悪利用されただけだ。それなのに…………父さんを殺せだなんて。

 その日は眠るのが怖くなったけど、明け方頃にはいつの間にか眠っていた。幸い夢を見た記憶もなかったけど、その晩にはまた夢に女の子が出てきた。そして、その日から父さんを殺さないとどんな世界になるかを、嫌ってほど毎晩見せられた。

 

 

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