グランドトレーニング

人生行動記

 日中の用を済ませてから、予約をした宿へと向かう。車で走っている途中で、すぐに空はその色を濃くしていく。

 スカイダイビングのライセンス習得に向けて、動き出すことにした。どこまで取れるか分からない。でも、チャレンジをしていきたいと思ってしまった。

 空に取り憑かれたのか、空に魅了されたのか、落ちてくるときの感覚に支配されたのか、セスナから飛び降りるときの緊張感と高揚感にはまってしまったのか?

 昔から好奇心旺盛で、チャレンジ精神も強い。どうせいつかは死ぬのだから、それなら思いっきり生きてやるという考えが、まだ自分の中で生きているみたいだ。いや、最近復活してしまったのだな…………。

 行動しないで後悔するなら、行動して後悔する方を選んでいたときがあった。いつの間にか、それが保守的なものに代わっていっていたけど、自分の中のそれらが活動を始めている。もちろん、全てのことにそれを適用してきたわけではない。

 高速道路では、右側車線を飛ばしている車たちがたくさんいる。自分もその中に入る。でも、基本的にどれかの車のあとをついていく。先頭にたつと、左側車線の覆面パトカーに気がつきにくくなる。罰金を取られる可能性を低くするために、いわばおとりに先に行ってもらう。

 そんな感じで運転し、思っていたよりも早くに栃木に入った。

 宿に着くと、シャワーを浴び、軽くストレッチをしてから眠りにつく。だいたい普段と同じくらいの時間にベッドに入った。

 翌日、これも普段と同じくらいの時間に起きて、支度をする。今日は、スカイダイビング藤岡のクラブハウスへ行くことになっている。緊張感が、だんだんと募ってくる。

 クラブハウスへは早めに着いた。だから、少しだけ車の中で待つことにした。少し前の時間になってから、電話をかけてみる。

「すみません、グランドトレーニングを受けるCです。着いたのですが、中に入れますか?」

 もしかして、鍵がかかっていたらと思ったから一応連絡をしてみた。でも、連絡をしたら、入口から女の人が出てきてくれた。

「こちらからです。どうぞ」

「はい。ありがとうございます」

 中へ入ると、右側は上に通じるところになっていた。真っすぐに通路を進む。左側は2段ベッドがいくつかあった。備え付けのものだ。右側は、ジャンプスーツが掛かっていた。

 通路を抜けると、広いスペースがあった。右側はキッチンの様で流し場や冷蔵庫がある。長い机(テーブル)もあって、その奥にはトイレや浴室もあるみたいだった。ウオーターサーバーまであって驚いた。

 長い机のところの奥には、2名ほど男の人が座っていた。自分はその前まで行った。

「今日、担当するMです」

「Jです」

「あ、Kです」

 その2人の男の人と、もう1人体の大きな男の人も挨拶をしてくれた。

「Cです。よろしくお願いします」

 自分も挨拶をして軽く頭を下げてからMさんの向かい側に座る。

「今日は、もう1人来るから。ちょっと道に迷っているみたいだけど」

「はい」

「これ、渡しておくね。アルチメーターとゴーグルにイヤホン」

 Mさんはそう言って、腕に着ける腕時計より大きなメモリがついているアルチメーターという高度計を渡してくれた。ゴーグルは、紐を調節してその場で作ってくれた。

「アルチメーターは輪っかのところに中指と薬指を通して、腕につけて。アルチは壊れやすいから気を付けてね」

「はい」

 自分は教えられた通りにアルチメーターを腕に着けてみる。なんだか嬉しかった。

「アルチはすぐにずれるから、ゼロに合わせてね」

「はい」

 自分は返事をして、すぐにゼロにメーターに合わせる。

「うん。飛ぶ前は必ず合わせるようにしてね」

 Mさんの話し方は、とても穏やかで言葉も聞き取りやすかった。Jさんも一緒に優しく教えてくれる。しっかり覚えないとという緊張感はあるものの、教えてもらう相手への緊張感はどんどん解けていった。優し気な2人のおかげだ。Kさんも穏やかな雰囲気の人で、彼はあまり座らずにいろいろ動いていた。

 もう1人の生徒が来た。全体的に黒っぽい服を着ていて、髪型もしっかりと決めている男の人だった。

「2人はスカイダイビングの体験はしていますか?」

 Kさんが自分たちに質問してきた。

「はい。2回ほど」

 自分は実際に2回タンデムの体験をしていた。

「あ、自分は1度も経験ないです。でも、絶対にやりたいと思ってて申し込みました」

 もう1人の生徒のLさんにもアルチメーターなどが渡されて、つけ方をLさんは習った。自分はその隣で頭の中で復習をしていた。

 Kさんがテキストを持ってきてくれて、皆にそれぞれ渡してくれた。中を開くと、自分が少し予習してきたことが書いてあった。予習してきたと言っても、藤岡のホームページに載っていたものをプリントアウトして読んだくらいだ。このグランドトレーニングの日が近づいてきたときに、藤岡からのメールで読んでおくように指示があったが、自分はそれよりも前にプリントアウトして目を通しておいた。

 テキストを皆で開いて、中に目を通しながら、Mさんが説明も付け加えてくれる。

「ギアをバラすんでしょ? いつ? どうせなら実際のものを見せた方がいいね」

「もう、バラしてもいいですよ。上に行きますか?」

 MさんとJさんがそう話している。

あれ? ギアって、パラシュートが収まっているリュックみたいな奴だ。実際のものを見ることができるんだ。

 自分の中で期待感が湧いてくるのを感じた。その期待は叶えられるようで、5人で上の階へと移動をした。

 入って来た入口近くを、今度は左へ曲がる。階段を上がっていくと、少し開けたスペースがあり、その奥に扉があって、その扉の向こう側はすごく広かった。

 左の方は1階にもあった2段ベッドがいくつか備え付けてあった。ローテーブルとソファが手前側に置いてあり、その奥は薄めの絨毯が敷かれている。絨毯の上は土足禁止のようで、靴を脱いであがった。

 絨毯の上にはいくつかのギアが置いてあって、期待感が高まる。

 ここでも、テキストを広げて説明を受けるが、Jさんのギア解体もすぐに始まった。

 上空ではなく、建物の中でギアからパラシュートがパシュッと勢いよく飛び出す。Jさんのパラシュートのキャノピー部分、つまり広がって空気を受けてくれる部分は黄色だった。

「キャノピーの色は選ぶこともできるよ。皆好きな色にしたりしている」

 Mさんの言葉に自分とLさんは反応した。きっとお互いに自分のキャノピーの色合いの創造を膨らませ始めていたのだろう。

 Jさんのパラシュート全体を広げていく。キャノピーの端の方を長い棒についている洗濯ばさみのようなもので挟んで、その棒を高く持ち上げていく。そうして、キャノピーは吊るされ、空気は中に入っていないものの、下から見上げたような図になった。ただ、キャノピーの前は下に敷いてある絨毯側で、天井が後ろになっている。この作業はKさんが中心になって行っていた。

「下からA、B、C、Dとなっている。つまり、前方だね」

 Mさんはキャノピーの下の部分からライン(ギアまでつながっている紐)が繋がっている部分を説明して言ってくれる。

「タバコとか吸いますか?」

 Jさんが自分とLさんに問いかけた。

「いいえ、吸いません」

 即座にまず自分が答えた。

「キャノピーの素材はナイロンみたいなものなので、火とかに弱いから。穴でも空くと大変だから」

「紫外線にも弱いですか?」

「そうですね。だから、地上で広げたり畳んだりするときは、直射日光を避けるね」

「なるほど」

 自分の問いかけにJさんが答えてくれた。

 こうして、午前中はほぼほぼパラシュートの実物を見ながらその説明を受けたり、テキストの内容を教えてもらったりした。

「もう、お昼だ。休憩にしよう」

 そう声がかかって、休憩に入ることになった。

「どうする? ラーメンに行く?」

 MさんがJさんとKさんに言った。

「カレーもいいですね」

「2人はどうする? 一緒に行く?」

 そう誘われて、お昼は用意してきたものの、その誘いに乗った。スカイダイビングの先輩たちと交流が持てるチャンスを逃す手はない。しかも、皆すごく良い人たちだ。

 結局、ラーメンを食べに行くことになって、大きな車で、皆でラーメン屋へ行くことになった。

 ラーメン屋で食券を買って空いている席につく。奥側の片方は横に壁があり、動きにくい場所になっていた。自分は特に何も考えずにその動きづらい席についてしまった。Kさんが皆の水を汲んで運んでくれ初めて、しまったと思った。既に自分の隣にMさんが座っているから抜け出すこともできなかった。

 教えてもらっている側の自分が手伝うこともできないことに心苦しさを覚えながら、お礼を言って水を受け取る。Kさんは何も気にている風もなく、自分が動くことが自然であるように動いてくれる。

「Cさんはスカイダイビングの体験をしているんですよね。それで、ライセンスも目指したいと思ったのですか?」

 Kさんが自分に質問をしてきた。

「はい。自分は、2回ほど体験しました。去年の10月と12月です」

「2回も体験したんですね」

「はい。1回目でライセンスに興味を持ったけど、飛行機の中からいつ飛び出したか全くわからなかったから、それを感じてもやれそうならにしようって思ったんです」

 だから、2回目の体験のときは、しっかりセスナの外を見て、飛び出す瞬間を見逃さないようにした。

「それで、大丈夫だったから今回参加しているんですね」

「はい」

「Lさんは、1度も体験したことがないんでしたっけ?」

「はい。自分は、その前にも他の資格とかとっていて、スカイダイビングもかっこいいから絶対に取りたいなって思っていたんです」

「何の資格ですか?」

 今度はKさんがLさんに質問をして、Lさんがそれに答えた。

「ああ、実はバリスタなんです」

「バリスタ? じゃあ、美味しいコーヒーとか入れられるの?」

 Jさんが反応を示した。

「そうですね。でも、仕事にしているわけじゃないんで。それに接客とかもすごく習いました」

バリスタと聞いて、なんとなくラテアートを思い浮かべてしまった。しかし、自分はコーヒーよりも紅茶派だ。最近は少しずつコーヒーも飲むようになってきてもいたが。それにしても、Lさんは髭を少し生やしていて、それがよく似合っていた。バリスタの格好をしても似合いそうなので、是非そういう格好をしたLさんにコーヒーを入れてもらいたいものだと密かに思った。

「それじゃあ、是非入れてもらわないとね」

 Mさんは少し楽しそうだ。Lさんがどういう人かまだよく分からないけれど、礼儀正しく、いろんなことに挑戦していく人なのだと思った。

 ラーメン屋からの帰りの車の中で、ラーメン屋からもらってきた爪楊枝で、助手席に座っているJさんと自分の左隣に座っているMさんが歯をシーシーやり始めた。自分はやらなかったし、運転をしてくれているKさんもできるはずがない。そして、自分の右隣に座っているLさんは、渡されていた爪楊枝を持て余していて、その姿が少し面白く、少し気の毒だった。

 クラブハウスに戻ると、今度は、実際にセスナから飛び出したときの姿勢の訓練を始めた。トレーニング台(?)の上にうつ伏せに横になり、ニュートラルの姿勢を取る。

「そうそう、もう少し足を曲げて。顎を上げて」

 そうMさんに指示を受けて少しずつ姿勢を直していく。まずは自分からやって、次にLさんもMさんの指導の下行った。

 テキストを見て、異常事態のときの対応も習う。練習用のハーネスをつけて、実際に動きをやっていく。自分もLさんも何度も何度も練習させてもらった。MさんもJさんもKさんも、嫌な顔1つせずに根気強くつきあってくれた。

 セスナから飛び出すときの練習もした。まずMさんがお手本を見せてくれる。

「動画に撮ってもいいですか?」

 自分がそう言うと、Lさんも頷いた。さっきから写真やら動画やら自分とLさんは撮ってきていた。

「え~、恥ずかしいな。確認したらちゃんと破棄してよ」

 そう言って僅かに恥ずかしそうにしたMさんは、年上の方に対して失礼ではあるが、少し可愛らしい気がして好感が増した。そして、Mさんは再びやって見せてくれる。

「チェックイン、チェックアウト。アップ、ダウン、ゴー」

 そう言いながらMさんはゴーで外へ飛び出す動作を見せてくれた。その後は、自分たちも、もちろん練習をした。

 その後は、壁側にある長い机の椅子に腰かけてスカイダイビングの映像を見せてもらった。が、この頃、自分は睡魔に襲われ始めていた。昨晩、実はあまり眠ることができていなかった。寒さのせいだ。宿のオーナーが起きているうちに電気毛布を借りていれば良かったのだが、それをしなかったので、寒くて眠れなかったのだ。動いているときは良かったのだが、座って映像を見始めると、動いていた疲れもあったのか、睡魔が襲ってきたのだろう。でも、居眠りするわけにもいかない。そんな失礼千万なことができるはずもない。自分は軽く舌を噛んだりして眠気と戦った。

 それでも、映像の要所要所のポイントの画像はしっかりと見た。特に実際の上空でのニュートラルの姿勢はしっかりと見た。

 途中、女性のインストラクターのYさんも姿を見せ、このクラブハウスのトップのEさんにも挨拶ができた。

 最後に軽くテストを受けて、ログブックの書き方も教えてもらった。

「この前、防衛大生とかは、ログブックに絵で描いていたよ。面白いから写真を撮った」

 そう言って、Jさんは写真を見せてくれた。確かに個性的な、でも味のあるうまい絵の写真だった。自分は、言葉と絵でログブックを埋めていこうと思ったから、家に帰ってから改めて書くことにした。

 ログブックは、タンデムも入れられるということだった。でも、Mさんは今回のところではなく、自分の1度目のタンデムのところにだけサインをしてくれた。本当は自分の1度目のタンデムはSさんだったけど、そこは何も言わないでおいた。ただ、グランドトレーニングのところに、Mさんのサインは今度会えたときにもらわないとなと思っている。

 始めから思っていたけど、Jさんのギアは色合いは自分の好みで、黒地に青いラインだった。Lさんが、その色合いのことを言いだした。

「あの色めちゃくちゃ良くないですか?」

 実は自分もそう思っていたから、心から賛同した。

「黒地に青っていいですよね。すごい好きな色合わせです」

「自分もです。いいですよね」

 思わぬところで意気投合。Jさんのギアを2人で褒めまくった。

Lさんとは、せっかく一緒にグランドトレーニングをできたのだから、これからもどこかで関わって、そのうち仲良くなれたらいいなと思った。そうなれたら、スカイダイビング友達だな。

 グランドトレーニングが終了して、宿に戻ると、誰もいなかった。オーナーの車がなかったから、他の皆とどこかへ出かけたのだろうと思った。逆に今のうちと思って、シャワーを浴びて、寝る準備をした。

昨晩は寒くて眠れなかったので、朝のうちにオーナーに電気毛布を借りる話になっていた。それはこたつのテーブルの上に用意されていてとても助かった。その日も寒さで眠れなかったら間違いなく風邪をひいていたのではないかと思う。その晩は、昨晩の寝不足と疲れもあって、早めにぐっすりと眠りについた。

 次回のトレーニングまでは日が開くので、それが少し不安だけど、楽しみな気持ちの方がずっと強く自分の中に広がっていた。

 

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