高校受験当日

kindleの小説出版

これは、『僕の心臓が動いていることと、ラウラスに逢えて変わったこと』のサイドストーリーになります。

「一応、お父さんとは連絡がついた。神崎が受験したいと言っていた高校で構わないとおっしゃっていた。本当に神崎はそれでいいんだな」 
 中学三年の僕の担任である曽我先生が僕と顔を見てそう言ってきた。
 僕と曽我先生だけがいる進路指導室。曽我先生は時々熱が入るから、厄介だ。三年生になったばかりのときも、僕の父親に何度も電話して話をしたのは曽我先生だ。

 僕は独りでマンションの7階の部屋で暮らしている。中学二年生の途中までは独りではなかった。お祖母ちゃんが一緒にいてくれたから。でも、そのお祖母ちゃんは心労がたたって死んでしまった。それからは、僕はずっと独りで暮らしている。
 それでも、お金に困ることはなかった。必要なものは僕の父親が全部払ってくれたからだ。家事はお祖母ちゃんに教え込まれていたから、僕は問題なく過ごせていた。むしろ、父親が僕と一緒に暮らすと言って来ていたら僕は本当に嫌だったと思う。
 それなのに、曽我先生は、何を勘違いしたのか、僕の父親に電話をして話したらしい。その翌日に学校で放課後残されて先生と話をしなければいけなかった。そのときは進路指導室ではなくて教室だった。もちろん、僕と先生の他は誰もいなかったけど。
「神崎、お前のお父さんがお忙しいことはよく分かった。でも、やっぱり未成年の神崎と一緒に暮らしていないことを先生は納得できなかった。ただ、お父さんがおっしゃるには知り合いの方にお前のことを頼んでいるということだった。その方の連絡先も教えてもらった」
 僕にとってはまったくの新しい情報だった。そんな知り合い、きいたこともなんともなかった。そもそも、そんな相手がいても迷惑だと思ってしまった。
「それと、週に何回か家政婦さんが来ていて、家の掃除や神崎の食事作りをしているって話だった」
 これも、僕にとってはまったくの新しい情報だ。僕はそんな家政婦なんかに会ったことはまったくないから。よくもそんな口から出まかせを言えたものだと思った。ただ、連絡先を教えたという相手だけは少し気になった。
「神崎、お父さんのおっしゃること、そのままでいいんだな。お前はそれで大丈夫なんだな」
 先生が何を心配しているのかよく分からない。いや、分かるけど、やっぱりこの人は少しずれている。でも、面倒くさいから父親に話を合わせるしかない。
「はい。確かにその通りです。父は、忙しくて僕と一緒にはとてもいられない代わりに、そういった相手を頼んでくれています。」
 もっとはきはき話せた方が信憑性があったと思うけど、まあ、僕は普段から俯き加減話すから大丈夫だ。僕の前髪の隙間から見える先生の顔は一応心配そうに見える。それにしても、いくら向かい合わせで座っているとはいえ、真っ直ぐにこっちを見てくるのをやめてほしい————納得させるために追加事項もしておくか————。
「それに、父も時々は家に顔を出してくれます」
「そうか……………なら、まだ安心だな」
 先生がどこまで信じたのか分からない。でも、僕に同情をしているような気がして、気分が少し悪くなった。

 曽我先生は、今年新しく赴任してきた。だから、去年までのことは知らない。でも、情報としては他の先生と共有しているだろう。だから、僕がどんな目にあっていたかも知っているはずだ。確かに今は変わったが、僕は、学校で誰かといることはなかった。いつも独りだ。
 別に気にかけてほしいと思っているわけではない。独りには慣れた。むしろ気楽だ。何も考えず、息をひそめて目立たないようにしていればいいだけだ。僕の存在ぐらい、誰もが忘れていたって、この教室も、この世の中も何も困ることはない。もう、お祖母ちゃんはいないのだし。
 だから、先生がそのことに無頓着でもむしろ気楽なのだが、みんながみんなそういう訳ではないだろうと思う。だから、この人は教師にはむいていない。それに、急に親のことだけに関心寄せられても迷惑だ。
 こんな僕でも、勉強は苦労することがなかった。お祖母ちゃんが心配していたから、僕は高校も大学も行くつもりでいる。その後は、できるだけ人と関わらない仕事でひっそりと生きていけたらと思っている。

 

 高校受験の日、その日の天気は悪くなかった。多少の雲はあったけど、空は晴れていた。僕は、少し早めに家を出て受験会場である高校へと向かって行った。
 最寄りの駅を降りて、既に覚えてしまった高校までの道を歩いていると、小さな女の子が今にも泣きだしそうなのに気がついた。まだ、3歳くらいだろうか? この寒空の中、上着を着ずに寒そうにも見えた。
 僕は、女の子に近づいていって、女の子の目線までしゃがみこんだ。
「どうしたの? 寒いの?」
「うっ、うっ、うわぁ~ん。ママ~、ママがいい」
 女の子は僕が話しかけると泣き出した。僕は、持っていたティッシュを取り出して、女の子の涙と鼻水を拭きながらもう一度話しかけた。
「ママに会いたいの? 迷子になったの?」
 女の子はうなずいた。
「ママ、ママがいい」
「そっか。ママがいいよね。じゃあ、おまわりさんのところに行こう。おまわりさんならママのところに連れて行ってくれるよ」
 女の子は泣きながら頷いた。
 僕は、来ていたピーコートを脱ぐと、女の子にかけてやった。僕の持ち物が入っているリュックは前の方で腕にひっかけて持って、女の子に向かってしゃがんだ背中を差し出した。
「おんぶして連れていってあげるから、僕の背中に乗ってくれる?」
 女の子の鳴き声が止んで、女の子は僕の背中におぶさった。僕はそれが分かると、立ち上がって、交番に向けて歩き出した。
 さっきよりも受験生らしき姿が多くなってきていた。きっと同じ高校へ受験をする中学生たちだろう。このままでは、僕は受験ができないかもしれない—————でも、そんなことはどうでもよくなっていた。
 この高校が駄目なら、他の開いているところを受験すればいいかな。
 僕はそんなことを思い始めていた。ただ、曽我先生が少し面倒だなとは思う。
 少し歩くと、目的の場所である交番があった。どこの高校を受験するか決めた時点で、僕はその周辺の地図をなんとなく見て適当に把握していたから、それが今役に立ったと思った。
 交番に警察がいないこともある。でも、今回はちゃんといた。僕は、交番の中に女の子をおんぶしたまま入った。
 すぐに警察の人が気がついて、女の子を背中からおろすのを手伝ってくれた。
「この子はどうしたの? 君は?」
「はい。偶然この子が1人でいるのを見つけて、話しかけたら泣き出して、ママに会いたいっていうから、迷子かなと思ったんです。あとをお願いしてもいいですか?」
「そうか。それはごくろうだったね。ありがとう。ただ、少しだけ君の名前や連絡先を教えてもらえるかな?」
「分かりました」
 僕は、警察官が出してきた紙に名前や連絡先なんかを書き始めた。奥からはもう一人警察官がやってきて、女の子をあやしはじめた。
「これ、君のコート?」
「はい」
「ありがとう。これは返すよ」
 警察官は僕が記入したものを見て、ハッとした顔をした。
「もしかして、君は受験生? 今日は都立の入試の日だよね」
「はい、まあ………」
「場所は違うけど、自分の息子も今日高校受験でね。それで、今からだと遅刻だろ?」
「たぶん………」
「どうなるか分からないけど、途中からでも受けた方がいい。高校には遅刻の理由を連絡しておくから、あとは自分たちにまかせてすぐに行きなさい」
「はい」
 僕は促されるままに立ち上がった。
「いっちゃんの?」
 女の子が僕の顔を見上げてきた。
「うん。ごめんね」
 なんとなく女の子に申し訳ない気がした。
「すぐにママが来るから、お兄ちゃんは行かせてあげようね。今日は大切な日だからね」
 警察官は優しい口調で女の子にそう言った。
「う…ん。バイバイ」
 女の子は少しうつむき加減だが、それでも僕に手を振ってきてくれた。
「うん。バイバイ」
 僕も手を振り返して、すぐに交番をあとにした。
 警察が電話してくれるならもしかしたら何とかなるかもしれない?
 そんなことが頭を過ってので、僕は急いで高校へと向かった。でも、世の中そんなに甘くはなかった。
 警察から電話がいっていたから、途中からでも入室はさせてもらえた。でも、一教科目はあと少しで終わりのときで、それを後で受けさせてくれるとかそんな都合のいいことはさせてくれなかった。
 僕は、とにかく一教科目の解答用紙を埋めていった。一教科目は絶望的だと思ったから、あとの教科は満点をとれるように着実に回答をしていった。
 試験問題の解答が出たあと、僕は、採点をした。一教科目はもちろん無理だったけど、他の教科は満点を採っていた。ものすごくレベルの高い高校を受験したわけではない。でも、それなりの偏差値があるから、合格発表のときは結構ドキドキした。でも、合格することができた。

神崎翔平の高校受験のときの話を書きました。また来週もサイドストーリー投稿していきます。
6月にはkindleで本編を出版します。そちらもよろしくお願いします。

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