俺の国は徴兵制がある————でも、それは俺の国だけじゃない。
男は、全員16歳になると3年間徴兵を受ける。でも、一家に生まれた子どものうち一人は必ずそのまま軍に残らなくてはならない。女しか生まれないところは、女を出す。女は鍛えられもするが、特別———他の男よりも戦闘や戦術に長けていたりしない限り、上の方の人間の慰み者になる。
軍に残る子が優秀だった場合は、その家もいろんなものが支給される。少なくとも、最低限の生活はできるようになる。だから、貧しい農村部なんかは、たくさん子どもを産んで何人か軍に差し出そうとする。だが、実際は貧しすぎて16歳まで育たない子も多い。
ああ————俺の番だ。
俺の国と同盟を結んでいる面積の大きな国がある。その国が、他の国と戦争を始めた。俺の国からは離れた場所だから、俺の国に直接被害はこない。それでも、同盟を結んでいるので、俺は出兵しなくてはならなくなった。
俺の国の最高権力者である総帥は、神に近いような人だと教えられてきた。総帥のやることに間違いなど決してなく、全ては総帥に従っていればいいのだと。テレビやラジオでもいつも総帥を称えている。俺たちの民族を称えていて、他は劣っているのだと言っている。
軍に入る前は俺もそれを信じていた。でも————そう、俺はこれが初めての出兵ではなかった。今回とは違う戦で、俺も戦友たちもほとんど生き残って帰還した。でも、そのときに外の世界を少しだけ知った。
外の世界————他の国は教えられてきたものと違った。俺の国より食料にあふれ、まるで飢えという言葉を知らないように見えた。地方の田舎と呼ばれるところもその変化は俺の国ほどではなく、やっぱり飢えてはいなかった。
そのときの任務は偵察くらいで、命令された通りにこなすだけだった。任務に逆らったり、失敗したりするとそれは死につながった。
今回の戦争は俺の国に本当は関係ない。でも、同盟国の為にということで既にたくさんの兵士が出兵していた。そして、誰一人帰ってこない—————帰ってこないのは、進撃を続けているからだと教えられた。
俺は、この国の精鋭部隊に所属出来ている。精鋭部隊は体術も戦術も銃器の扱いも優れている。
それでも、俺の中には嫌な不安がある。それは、他の同胞も同じみたいだけど、誰も口に出さない。もしも、誰かに聞かれて知られたら、それは死につながるから。
命令は絶対。俺たちに拒否権はない。
「なあ、俺は立派に戦って強かったと伝えてくれ」
戦場へ近づいているときに、右隣にいる同胞がそう言ってきた。俺は返す言葉がなく、ただ小さく頷いた。
同盟国の兵士たちにさっき会った。言葉を交わしたわけではない。彼らの言葉を俺は話せないが、彼らの言葉を理解する同胞の顔が青ざめていたのが分かった。それでも、唇をキュッと引き結んでいた。でも、彼らの言葉を理解する同胞が、俺の左隣で口を開いた。
「全員生き残れるわけがない。俺たちはあいつらの盾にされる」
それを聞くと、周りの同胞たちがざわめきだした。
「だまれ、敵に気づかれる」
上官がそう一括した。でも、上官はもう少ししたら俺たちを置いて行ってしまうことを皆が知っていた。
「総帥に間違いはない。総帥のために戦えることを誇れ」
そう言うと、上官は去っていった。
去って行った上官よりは位が低い上官がこの先は俺たちに命令をしていく。
今は夜が深い時間帯だ。俺たちは身を低くして進み始めた。知らない場所。知らない土地。何故ここで戦うのか?
そこへ、離れたところで何かが浮いていた。そして、下へ向けて銃器を打ち付けたり、爆弾を落としたりしている。
(あれは、俺たちより前に行った隊だ!)
人間相手に戦うのではない。だから、体術なんて関係ない。
俺たちも戦いに加わった。こちらも手りゅう弾を投げつけたり、銃器で撃ち落とそうとする。確かに当たっているのに、なかなか落ちてこない。
「もっと手りゅう弾を投げつけろ。撃ってもきかない」
誰かが大きな声で叫んだ。でも、すぐにその場所に爆弾を落とされて、何人かの体が視界の端でがバラバラに吹っ飛んでいる。
(死にたくない、死にたくない、死にたくない)そんなことを思ってはいけない。でも、死への恐怖はぬぐえない。
次々に皆が吹っ飛んでいく。腕や脚や胴体の一部なんかが血しぶきと一緒に勢いよく宙を舞って、ボトボトと下へ落ちていった。
それでも、いくつかのドローンは俺たちの攻撃で動きを封じることにも成功している。でも、俺は耳がすごく聞きづらくなっている。さっき左腕も失った。
足元を誰かに捕まれた。下半身が吹っ飛ばされた同胞だ。
「た、助けてくれ………怖い……………」
それだけ言って、頭をガクッと落とした。隣にいた一人の同胞が顔を強張らせている。怯えているのかもしれない。その同胞は急に敵から逃れる様に走り出した。
でも、その後ろ姿目掛けて誰かが———銃を放ち————そう、上官が銃を放ち、そいつは倒れた。
俺と仲が良かった同胞が、少し俺から離れた場所でそれを見ていた。でも、顔を引きつらせたかと思うと、ドローンの爆撃にやられて体がバラバラになった。
何がなんだか、だんだん分からなくなってくる。一つだけ分かってきたのは、やっぱり俺たちは捨て駒だったってことだ。死ぬまで終わらない。
家族の嬉しそうな顔が頭を過った。俺の暮らしていた場所は、貧しかった。山を隔てた地域ほどではないが、貧しかった。それで、いつも家族は腹をすかしていた。でも、山を隔てた場所は、共食いも起きていると噂があった。そんなところでは、栄養が摂れないから、そもそも子どももできない。
俺が徴兵を受けて、優秀だと認められたあとに、一度だけ家族の元へ戻ったことがある。そのとき、家族はそれまでより腹を満たして嬉しそうにしていた。俺に「ありがとう」と言ってきた。「偉大な総帥様のために頑張ってほしい」と———。
(逃げられない、逃げられない———みんな死ぬ————誰か助けて———)
ここ最近の戦争で、あまりにも悲劇な命の落とし方をした人たちの話です。自分は、自衛隊にすら入ったことはないし、戦争も経験していない。実際の命を落とした人たちの感覚は計り知れませんが、僅かでもその悲惨さを書き表せたらと思います。
