自分の家から、車に乗り込む。車の中は朝の冷気ですごく寒かった。それもそのはずだ、まだ日も登っていない。すぐにエンジンをかけて暖房を入れる。
2回目のスカイダイビングの体験だから、どんな感じかが少し分かる。その分、怖い面とわくわくする面が、自分の中で絡み合っている。
今回は、1人でスカイダイビングの体験に行くことにした。前にスカイダイビングの体験をしてから、きっと自分は魅せられてしまったのだ。
1人で飛んでみたい。そんな気持ちが湧いている。
そして、AFFにチャレンジするという考えが、頭の中にいつの間にか存在していた。だから、もう1度タンデムの体験をして考えたいと思った。
朝1番の時間の体験だから、この前とは見え方がきっと違うだろうことにも、わくわくしている。
自分と同じように体験をする人は、同じ時間帯ではあと3人いるみたいだ。
もしかしたら、その人もAFF希望者かもしれないな。それなら、一緒にチャレンジをすることになるから、仲良くなりたいな。
などと、自分勝手なことを考えてみたりする。
待ち合わせの時間には、まだ十分ゆとりがあった。来る途中、渋滞の案内がカーナビで何度も出てきたから焦ったけど、ちゃんと着いた。
待ち合わせ場所の『渡良瀬の里』は門が閉まっていた。仕方がなく、門の付近で待つ。自分のあとからは2台の車がやってきた。
しばらくすると、藤岡の車がやってきて、その車の誘導でスカイダイビングを行う場所まで移動した。
車の外に出る。冬の朝は、空気が冷えていて、澄んでいるようにも感じる。
前に来た時よりも、辺りにいる人の数が明らかに少なかった。まだ早い時間だからだろう。
前回と同じ様に、申込書などの書類を渡して体重測定をした。そのあと、お金を支払う。ここでは、現金のみだ。
トラックの上に乗るように言われて、テレビがあるトラックの上に乗った。
「あ、どうぞ座ってください」
優し気な顔をしたインストラクターが、優し気にそう言ってくれたので、そこにある椅子に腰かけた。
「上空は寒いですか?」
前は10月で、たいした寒さを感じなかった。でも、今は12月の半ばだ。前とは随分違うはずだ。
「マイナス20度になるときもありますよ。今着ているダウンも着たままがいいですね」
自分はダウンジャケットを着ていた。でも、これはさすがに脱ぐだろうと思っていた。あまりにかさばりそうだからだ。
「そんなに寒いのですか⁉ それじゃあ、ダウンも必要だ」
マイナス20度だなんてそうそう経験することはない。まあ、どんどん落ちていって、直ぐに温度も変わるだろうけど、かなりの極寒だ。
「ひも付きの帽子を持ってきたのですが、これはつけることができますか?」
「それは、一緒に飛ぶインストラクターにきいてください。紐を嫌がるインストラクターもいるので。あと、貸し出しの帽子もあるので、必要ならそれでもいいと思います」
「貸し出してくれるのですね。ありがとうございます」
貸し出しは有料かと思っていたが、これは無料だった。
他の人が支払いなどを済ませて、トラックに上がってくると、テレビの映像が始まった。今回は、映像と一緒に係の人がその映像を元に説明もしてくれた。
それが終わると、ジャンプスーツを着た。ダウンを下に着るので、大き目のサイズのものを着た。かなりの着ぶくれ状態だ。
「初めてですか?」
すぐ近くにいた1人で来た男の人が、自分に訊いてきた。自分も話しかけてみようかと思っていた相手だ。あとは、2人組の男の人だったからだ。
「いえ、自分は2回目です。初めてですか?」
「はい。いろいろ動画とか見て、やりたいなって思って来てみました」
「そうなんですね。自分はAFFというのにチャレンジするかどうか迷っていて、もう1回タンデムを体験して決めようかと思って、今回は1人できました」
「じゃあ、前回はすごく楽しかったってことですね」
「はい」
「実は、自分も1人で飛びたいと思っていて、チャレンジしたいと思っています」
「本当ですか! それじゃあ、仲間じゃないですか。もしかしたら、一緒にAFFを受けるかもしれませんね」
「そうですね。一緒にやりませんか?」
「都合が合えば一緒にやりましょう。仲間に会えるとは、思っていなかったから嬉しいです」
「いや、もしかしたら上空で失神しているかもですけどね」
「大丈夫ですよ」
まさか、本当にAFFにチャレンジしようと思っている人に出会えるとは思っていなかったので、自分のテンションは結構上がった。
少し待ってから、今回は車ではなく歩きで移動をしてセスナに乗り込んだ。セスナの運転席のすぐ後ろの座席に座った。そのおかげで、窓から外の景色がよく見える。自分はこれだけで、わくわく感が増した。
いよいよ離陸をする。セスナが地面を蹴って飛び上がる。どんどん上を目指して飛んでいく。窓から見える景色がすごく綺麗で、自分はくぎ付けになって見ていた。正直、景色をこれだけ見ることができる分、得した気分だった。
前回インストラクターのSさんに教えてもらったハート池もよく見えた。よく晴れているから、富士山も綺麗に見える。
飛行機には乗ったことが何度もあるけど、飛行機の窓は小さい。でも、これだけたくさんの窓があって開けた景色を見ることができたのだから、もう、これだけで満足できそうだった。
今回、自分と一緒に飛んでくれるインストラクターさんは、テンションがそんなに高くない。セスナには、AFFにチャレンジをしたいと言っていた男の人も乗っている。彼についてインストラクターさんも同じようなテンションだ。これはこれでいいと思うけど、少しだけ前回の感じが恋しくなった。
高度が上がって、座席に座っているインストラクターさんの上に座るように指示された。お互いのハーネスを装着する為だ。完全にインストラクターさんの膝に乗ることもできたのかもしれないけど、あまり体重をかけないように、膝でふんばった。日々、スクワットをしていて良かったかもしれない。軽い空気椅子のような感じになっていたから。
セスナの扉が開かれて、皆がどんどん飛び出し始めた。初体験の彼の緊張は、その雰囲気に現れていた。
いや、自分もそれなりに緊張していた。前回は、セスナからジャンプした瞬間が、まるで分からなかったけど、今回はそれを感じようと思っていた。
そして、セスナの出口まで行き、いよいよ飛び出すときになった。
やっぱりかなり高い! でも、今回はきちんと感じるんだ!!
セスナからジャンプした。自分も足を少し動かした。前回とは違う。その瞬間を把握していた。
まずは頭が下になった。正直、これは前回、覚えていない。最初から地面と平行の姿勢だったような気がしているくらいだ。でも、きっと前回も最初は頭が下になっていたのだろう。体は、すぐに地面と平行になった。これは、やはりインストラクターの人がそうしてくれたのだろうか? だったら、自分1人で飛ぶときは、それもうまくできないといけないってことだ。
やっぱり風圧はすごいものがある。それもそのはずだ。時速200キロの速度で地球の重力に引っ張られている。
上空の寒さを考えて、帽子やネックウオーマーを借りてつけている。相当に着込んでいたからなのか、寒さも全く感じない。
でも、やっぱり風圧には敵わない。この状態では、呼吸もうまくできなくなる。この世界の中で、自分がどれほど小さな存在であるかを、何だか思い知らされている気がした。
インストラクターの人がつけているカメラに向かって、頑張ってピースサインを手で作る。それにしても、自分の格好自体がすごいだろうから、あとでみたらかなり笑えるだろうなと思う。
例えば、時速200キロで走るオープンカーに乗ったときの風圧と、今感じる風圧はどちらの方が凄いのだろうか?
オープンカーの方は、ただただ風圧を上半身(特に顔)に感じるはずだ。そこには風圧のみだ。でも、スカイダイビングは風圧と共に浮遊感もある。終端速度(風の抵抗と重力が釣り合う速度)がちょうど時速200キロメートルといったところだからだ。だから、空気が全身を受け止めてくれている状況もある。
そう、このフリーホールはただ落ちているだけではない。少し大げさな言い方かもしれないけれど、この星の大気が身体を受け止めてくれている感覚も味わえる。地球の重力や空気抵抗などの環境要因があってこそのものだから、これも地球の不思議の1つなのだと思えてしまう。物理学者とかは計算で導き出し、科学的に根拠を述べるだろうけど、不思議で神秘的な現象の1つと今は思っていたい。
少しだけカクンとして、地面と平行な状態から垂直に近い状態に体がなった。インストラクターの人が、パラシュートを広げてくれたのが分かった。
今回は、太ももの付け根にあるハーネスのベルトが、そんなに食い込まないで痛みを感じなかった。前回よりも、体重が5キロほど減ったせいだろう。でも、それなら前回の自分よりも、もっと体重がある人は食い込み方が結構えぐいのだろうか?
両手両足を大きく広げてみる。今のこの瞬間を全部で感じたい気持ちが、頭で考えるよりも先に、体の動きで現れてしまった。
「ゴーグルを外しますね」
「はい」
インストラクターさんがそう言って、ゴーグルを外した。前回よりも冷たい大気が顔全体に触れる。今も結構な速度で飛んでいるはずなのに、触れてくる大気が痛くなかった。むしろ、大気全体に包まれているような錯覚を感じる。
今、感じるこの大きく開けている大気のように、自分ももっと広い心にいつでもなりたいと思った。現実は、小さなことで悩んだり落ち込んだりする。
何かあったときに、誰かのせいにしたり、何かのせいにすれば楽だろうけど、そうありたくない。少なくとも、自分の状況ではすべてが自分の選択であり、それは自分の意思だ。だから、自己責任だと思う。
でも、人はそんなに強くないこともよく知っている。だから、誰かに強要することはしない。自分のことも、強いと思えたことはあまりない。でも、自分は強くなりたいと思うから、そう考えるだけだ。最も、誰かや何かのせいにしたい気持ちは、自分も簡単に湧いたりする。
だけど、どうせなら、自分自身でかっこいいと思える自分でいたいから。
誰かに思われるのではなくて、自分で自分のことをそう思えるのがいい。仮にたくさんの人にかっこいいと思ってもらったら、それは自己肯定につながりやすいだろうけど、自分自身で認められないと意味はないから。
やっぱりこの大気が、いろんな駄目な自分を洗ってくれているような気になる。自分もこんな感じで、いろいろなことを受け止められるようになれたらいいなと思う。
「少し回ります」
「はい」
インストラクターの人はそう言って、本当にグルグルと回りだした。これはこれで面白いなと思ったが、少し酔ってきて、気持ち悪さがわずかに姿を見せた。
まずいな………これ、いつ終わるかな?
「今度は、反対に回ります」
「はい」
吐き気を催すまでは、なんとか堪えようと思った。体の力を抜いて、呼吸も楽にするようにする。気持ち悪さはなくならないけど、ある程度以上には強くならなかった。助かった。
Sさんとのときは回らなかったから、かなり油断していたのかもしれない。きっと位置とか風とかの状況によって、そういう動きになるのだろうと思う。
幸い、気持ち悪さが強くなる前に、回るのが終わった。心底安心した。おそらく、自分の操縦で回っても気持ち悪くなりにくいのではないかと思う。車の運転だと、多少粗い運転をしても、自分の運転で気持ち悪くなるときはない。だけど、他の人の運転で粗い運転をされると、気持ち悪くなることもあるからだ。この原理がスカイダイビングにも通じていますように。
Sさんは、少しだけ自分にパラシュートの操縦をさせてくれた。あれは、Sさんならではだったのだろう。だから、初ジャンプがSさんとで自分は幸せだったと思う。
今回のインストラクターの人に、自分が2回目で、AFFの挑戦を考えていると話している。それじゃあ、自分の責任が重大だと、冗談半分でインストラクターの人は言っていた。
でも、自分がAFFにまでチャレンジしたいと思えるほど、ジャンプに魅せられたのは、やっぱり最初がSさんと一緒だったせいな気がする。他のインストラクターの人とでも、ここまで魅せられたのかどうか分からない。
そう考えると、Sさんはインストラクターとしてかなり優秀なのでは? と思った。少なくとも、自分は見事に引き込まれてしまったのだから。
「どうでした? 合格ですか?」
「はい! もちろんです」
どちらにせよ、AFFには挑戦する。今回は、セスナからジャンプする瞬間の感覚を知りたかったのが一番の目的だった。それは果たすことができた。怖かったけど、慣れればなんとかなるのでは? とも思える。問題は、どれくらいで慣れるかだけど。
それに、今回ついてくれたインストラクターさんにも、もちろん感謝している。安全にいい時間を自分に与えてくれたからだ。
でも、何でこんなにSさんと違うのだろうか? やっぱり初めてのスカイダイビングだったからかな? あと、Sさんの声かけや雰囲気のおかげだろう。初めてのジャンプがSさんで、自分はやっぱり運が良かったのかもしれない。
前回、自分はパラシュートで飛んでいるときに、不覚にも涙が出てきてしまった。はっきり言って、人前で泣くのは子どもの頃から嫌いだ。そのせいもあって、風のせいだと思うことにしていた。Sさんにも着地したあとに涙のことを言われたとき、自分は風のせいだと答えて顔を伏せた。でも今回は、全く涙は出てこなかった。まあ、これからAFFに挑戦するのだし、毎回涙が出てきたりしたら本当に困るから良かった。
「着地するので、足を前に出してください」
前回と同様に、両足をそろえて前に出す。できるだけ足を高めにあげる。でも、ズズズッと着地の際に靴や足の辺りが少しすれた。痛みはまるでないので問題はない。
「すみませんでした。大丈夫でしたか?」
「はい。大丈夫です」
すぐに自分は、立ち上がろうとした。
「あ、まだ外れていないので」
「はい」
インストラクターの人が自分との装着を外してくれる。それが終わって自分は立ち上がった。今回のインストラクターさんは、自分よりも背が低い。
ああ、自分よりも背が低いから、その分相手に怪我をさせないようにすることが難しいのかもしれない。もちろん、そんな技術は身についているだろうし、自分は怪我をしたわけでもないから問題はないけど、大変なんだな。
「ありがとうございました」
お互いにそう言いあってから、自分はその場を離れた。Sさんのときのようなハイタッチは、1度もしていない。やはりその時々の感じや、インストラクターさんによって違うのだろう。
先にセスナからジャンプしていた、同じ様にAFF希望の男の人は、当然既に地上にいた。
「どうでしたか?」
「かなりビビッて、ひきつっていました」
彼はそう言って、自分の動画を見せてくれた。確かに顔がかなり強張っている。ちなみに、自分の初の体験のときの動画は、立ち上がってから出口に向かうまでは、楽しそうな顔をしていた。
「AFFは?」
「いやー、それでもやっぱり飛びたいですね」
「だよねー。自分もやっぱり1人で飛びたい。パラシュートも操縦したい」
とりあえず、携帯を車に取りにいって、辺りの写真を撮ることにした。藤岡の人に辺りの写真を撮っていいかは確認をした。
車に向かう途中。柴犬がいる。毛並みがフサフサしていて、かわいい顔をしている。
「この子はなんて名前なんですか?」
「おやかたです」
すぐ傍にいたAFF希望の男の人も、一緒におやかたを撫でた。大人しくしている。きっと、ここに来る人で犬好きの人にたくさん構われているから、慣れているのだろう。
自分とおやかただけになってから、おやかたの写真を撮りたくなった。
「おやかた、写真を撮らせて。ごめんね、知らない人間がいきなり触ったり写真撮ったりして」
と、言いながらも写真を撮る。慣れているだろうけど、少しごめんという気持ちにもなる。触られたり、写真を撮られるのが嫌なのかどうなのか分からないからだ。そのくせして写真を撮るのは、自分のエゴであることを自覚をしている。
自分たちの次の組が飛び立っていた。自分と彼とは、別々にセスナを探したり、辺りをみたりしていた。
「セスナ、どこ行きました?」
自分が完全に見失ってその彼にきいてみた。
「あ、あそこ! ほら、出てきた」
確かにそれは確認できた。ただ、1人だけ出てきていて、他の人は出てこない。
「なんで他の人は出てこないのですかね?」
「あれはインストラクターさんとかじゃないですか?」
「なるほど」
その通りで、少しするとインストラクターの人が下りてきた。着地がスマートでかっこよかった。今までタンデムの着地しかみていないから、こんなにかっこいいのだと思って感心した。
「かっこいいですね」
「本当にかっこいいです」
同じ場所を目指している者同士、意見が合う。
「自分、そろそろ帰ります」
彼とはラインの連絡先を交換した。実際に本当に一緒にAFFを挑戦はしないかもしれない。それぞれの都合を合わせるよりも、自分だけで行った方が楽だし早い。
「また、機会があったらよろしくお願いします」
「はい」
自分も彼もそれを心得ている。スカイダイビングをする前は、彼の方が自分と一緒に挑戦することに明らかに乗り気だったけど、自分の予定で早く挑戦したくなっているのかもしれない。そして、それは自分も同じだ。
自分は車に乗り込み、その場をあとにした。家に着いても、まだ結構早い時間だ。この記事を記憶が鮮明なうちに書きたいな、と思いながら車を走らせた。