僕は、異常な力を身に着けてしまった。特別自分自身で望んだわけではない。ある出来事のせいで、無理矢理そうならざるを得なかった。
水瀬さくらというクラスメイトが16歳になると、その力を使わなければいけなくなる。それが今日だということを、僕はたった今知った。
「おい!」
後藤悟に声をかけられて僕はハッとする。
「えっ、何?」
「何じゃないだろ? 翔平、何処か具合でも悪いのか?」
クラスの何人かの視線が僕に集まる。髪の毛を切ってからは、視線が僕に集まることは多々あった。僕の変化がすごかったらしい。
「大丈夫だよ。何でもない」
「ちょっと大丈夫って顔じゃなくね?」
後藤の横から、よく後藤とじゃれ合っている河野樹が僕に言ってきた。話したことなんて、今までなかった。そもそも、苦手なタイプだ。
後藤悟は、最近少しだけ仲良くなった相手だ。何かと僕のことを気にかけてくれる。身体が大きい柔道部所属の奴だ。
「翔、凄い汗だぞ」
「そ、そう?」
そう言われて顔を触ってみると、額に汗をかいていた。背中にも汗をかいているみたいだった。
「どうしよう。俺、先生に頼まれたもの取りに行かないと」
「いいよ。俺が神崎を保健室まで連れて行くから」
「えっ? いいよ」
「駄目だ。保健室に行っておけよ」
後藤が僕に強く言う。これじゃ、母親だ。
「ほら、立って行くぞ。どうせ、一時間目の体育は無理じゃね?」
河野が、こんな風に僕に関わってくるのが凄く不思議で、どうしていいか分からなくて、それに応じることしかできなかった。そもそも、僕に断る権利なんてない雰囲気だ。
保健室までの道すがら、河野は僕の身体を支える様にして、ゆっくりと歩いてくれた。意外に気遣いがちゃんとできるみたいだ。
本当に具合が悪いわけじゃないんだけどな。
「二学期が始まった時も、確か保健室行ったよな」
「あ、うん」
その日を境に僕の生活は変わることを余儀なくされた。
「あの後、悟がすげえ心配してた」
「…うん………」
「おまえ、身体弱いのか?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど………」
「今も悟は、おまえの事心配してる。おまえは何か抱えているって」
悟は、何か感じてるのか?
「だから、俺がついていなきゃ駄目だって。神崎に惚れたのか? って冗談言ったら、そうかもだとよ」
それはちょっと………。
「どうだよ? おまえもまんざらでもないんじゃねえの? 最近、二人でばっかりいるもんな。悟は、特別誰かとつるむことしなかったのに」
河野は、僕を支えていた手を離した。
「さっきは本当に具合悪そうだったけど、今は治ってきたみたいだな」
河野は、僕の顔を覗き込むように見てきた。
「別に、さっきも具合が悪かったわけじゃないんだ」
「俺さあー、こんな風に見えっけど、実は結構勘がいいんだ」
河野は、チラリと僕を見た。
「まあ、取り敢えず、一時間目の体育はさぼろうぜ。このまま屋上へ行くぞ」
「えっ? えっ?」
何だか意味が分からなくなってきた。
「ほら、ボヤボヤしてっと、先公に見つかっちまう」
河野は僕を引っ張ると、サッと男子トイレの中に隠れた。
「おまえ、絶対に授業サボったことないだろ」
「え、うん」
「ちょっとおまえと二人で話したいこともあるし、今日くらいサボってもいいだろ?」
悟に心配かけるなとか、もしかしたら近づくなとか言われるのかな?
僕は不安に駆られた。
「んな不安そうな顔すんなって。確かに神崎は可愛らしい顔しているけど、男は俺の趣味じゃないし」
「あ、うん」
「さっきから、うんとかばっかりだな」
「ご、ごめん」
「背は俺より高いくせに、肝っ玉ちっさいなあー」
河野樹は、僕より少しだけ背が低かった。でも、1ヵ月前くらいは僕と同じか、少し高いくらいだった気がした。
結局、僕は河野に半ば強引に連れられて屋上へ行った。屋上は確か鍵が掛かっているはずなのに、河野は針金を使って簡単に開けてしまった。
泥棒の才能があるな。
「さあ、誰もいなくて気持ちいいぜ」
屋上は河野が言ったように、凄く気持ち良かった。今日は天気もいい。雲はあるけど、時々影ができて、むしろ丁度いいくらいだった。僕は思わず校庭側の柵へ近づいていった。
「あ、そっちには行くなよ。体育やっているやつらに見つかるだろ」
「あ、ごめん」
「ま、座ろうぜ」
河野は座るのではなくて、屋上のコンクリートの上にゴロンと横になった。
僕は仕方なく、その横に足を延ばして座った。
「悟は本当にいい奴だ」
「うん。僕もそう思う」
「だが、勉強はできなかった」
「確かに」
「おまえも言うなあ~」
河野は声を立てて笑った。
「それが、この前のテストの点数は驚きだった。一学期は追試組だったのに。聞くところによると、神崎が勉強を教えたって?」
「まあ」
「ちぇっ! いいなあ~。期末の前は俺も頼むわ」
えっ? そういう話?
「どうなんだよ? いいのか悪いのか?」
「はい」
「よし」
しまった、つい。
「なあ、悟には何でも話してやってくれよ。俺が言うことじゃないってわかってっけどさ。こんなこと言っているのも悟には内緒だぞ」
本当は悟には話したいけど、話せないんだ。
「なあ、聞いてるか? 俺の話」
「聞いているよ。でも、誰にだって簡単に話せないことってあると思う」
「難しく考えすぎじゃね?」
河野は上半身を起こした。
「そうかもしれないけど………怖いんだ」
「だーい丈夫だって。悟なら。それとも、今話してみ? 俺に話してみて、悟に話しても平気か判断してやるよ」
言っていることが滅茶苦茶だ。
「おいおい、今のは笑うとこだぜ。悟に話せないことを、今日初めて話した相手に話せるかって突っ込みいれろよ」
なんだ、それ⁉
僕は思わず笑ってしまった。
「そうやって笑っていた方がいいぜ。なーんか神崎っていつも肩に力入ってね?」
意外に観察されているのか?
「もっと気楽に行こうぜ、気楽に」
河野は立ち上がった。僕もつられて立ち上がる。
「お前はきっと怖いものだらけなんだろうな。俺なんて怖いものなんてなーんもない」
そう言うと、河野樹は校舎の裏側の方の柵を乗り越えた。校舎の裏側は誰の目にもつかない。校舎の半分以下の高さの山が通路を挟んであるから。
「あ、危ないよ。こっちに戻ってきてよ」
僕はハラハラして見ていられない。
「そんなんだから、神崎は駄目なんだよ。こんなとこ歩くこともできないなんて、男として恥ずかしくね?」
「分かった。僕が悪かったから、戻って来てくれ」
「分かってないだろ? 分かったんなら、お前も策を乗り越えてこっち側に来てみろよ」
「分かった、分かったから」
高い所が怖いと思ったことは、今まで一度もない。しかも、今はこの屋上よりも高く、僕は自分で飛び上がれる。
僕は柵の方へ向って行こうとした。
「よし、そら来い」
河野は手を柵から話して僕を手招きしだした。今日は風が結構ある日だった。しかも河野にとっては向かい風。屋上は高い位置だから、風も下にいるときより強く吹いている。
河野はバランスを崩して、身体ごと僕の視界からゆっくりと消えていった。
僕はその場から飛び上がって屋上の柵を越え、壁を蹴って、落ちていく河野の身体を空中で受け止めた。河野の目は開かれていて、凄い顔で僕のことを見ていた。
僕は地面に着地すると、河野の身体をゆっくりと下におろしてやった。
「神崎、もしかして、屋上まで俺を抱えて飛び上がれる?」
「は?」
河野の目は驚きに見開かれていたのに、第一声がそれだった。
「ここから元に戻るのは至難の業だから。屋上に戻らないといろいろめんどい」
その理屈もなんとなく分かった。正直、河野を助けたことで、河野に僕の異常な部分を知られてしまった。ここは従うしかなかった。
「じゃあ、屋上に戻るよ。僕におぶさって」
僕は河野をおんぶした。
「いったん、少し屈むよ」
「お、おう」
僕は少し足を折り曲げて高く飛び上がった。壁のすぐ近くを飛び上がり、上に着くと、策を軽く掴んで屋上に戻った。
「河野君、降りてくれる?」
「あ、ああ」
河野は大人しく降りたが、両方の拳を握りしめて、膝と肘を少し折り曲げて、少し下を向いて身体を震わせている。
「どうしたの? もしかして、怪我でもした? やっぱり怖かった?」
「い、いや、興奮を抑えているんだ。だって大声で叫びそうだ」
「は?」
「神崎、おまえ何⁉ 実はスーパーマンか何か?」
「は?」
「かっけえ~」
「は、はあ………」
僕は頭をかいた。
「何⁉ 何⁉ 何であんなことできるの?」
「それは、ちょっと言えない」
「あ、そっか。悟に隠していることはこれか? 悟に話してもいないのに、俺に言えるわけないか」
「あ、あのさ」
「なんだよ?」
河野は目を輝かしている。
「今日のこのことは、誰にも言わないで欲しいんだ。お願いだよ」
「うーん。まあ、言われたくないことは言わない。命の恩人だしな」
「絶対に約束だよ」
「うん。わかった。大丈夫だ。男同士の約束は守る」
「それから、このことについて、余計な詮索もしないで」
「何も訊くなってことか?」
「そう」
「分かった。その代わり、俺にも勉強を教えてくれるってことで! あ、俺は試験前だけでいいけど」
随分簡単だな。
「分かった。それぐらいならできると思う。だけど、テスト一週間前からは、僕がやって来てと言ったことはやってもらうよ」
「はい! 先生」
なんだか、とんでもないことになった。
僕は深いため息を吐いた。
読んでくれてありがとうございました。楽しんで頂けていたら幸いです。
以上は、kindleで来年の2月か3月あたりに出版を予定しているファンタジーものの小説のほんの一部分です。なので、多少の説明などもつけました。
年が明けたら、同じ小説の他の一部分も掲載するつもりです。興味があったり、面白いと思ってくれたら、kindleでも読んでほしいです。
ただ、この小説は現在第3部まで書き終わっていて、今回はその第一部で、全体のプロローグ的なものとなります。