僕の心臓が動いていることと、ラウラスに逢えて変わったこと(ラウラスと名付ける)

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 高校からの帰り道に後藤悟と小池龍真と僕はご飯を食べに行った。

 家に着いたのは9時15分前だった。僕は急いでミャアの世話をすると、動きやすい格好に着替えた。

 今日は結構疲れていた。白い奴が現れた日ほどではないが、いろいろ神経も遣った気がした。考えてみたら、朝から外を走って、筋トレもして、鍛錬して、柔道部にも参加したのだから当然と言えば当然だった。

 そう、無理矢理連れていかれる鍛錬は今朝もあったし、もう直ぐ再び僕は連れていかれる。

 僕は自分の部屋に、靴を履けるスペースを、ビニールを敷いて作っておいた。そこで靴を履いてから、剣を握った。まだ数日なのに、随分手に馴染んできた気がしていた。

「来た」

 身体に変な感覚が僅かに走る。その次の瞬間に、僕はいつもの草原にいた。既に見慣れてきたこの光景。今は美しいけど、この草原は、すぐに気色悪い緑の色に染まる。その中に赤い色を少しも混ぜたくないと、僕は心底思っている。

「なんだこの気配は?」

 僕は、すっかり霊長類の化け物の気配を覚えていた。今回も数だけ増えて、それが僕を襲ってくると思い込んでいた。しかし、今回は違った。

 僕の目の前に現れたのは、巨大な蛾だった。幸い1匹だったが、茶色をベースにしたものに、カラフルな斑点が沢山ついていて気色悪かった。こげ茶色の触角と、口元から、蝶が蜜を吸うときに使う口吻のストローのようなものまでご丁寧についている。翅は分厚く、僕は気色悪さを覚えてしまった。

そもそも、いつも自分よりずっと小さいはずのものが、いきなり巨大な形で出てくるだけでも気味悪いのに、視覚的にきつい。翅を合わせると2メートル以上もあるのだろうか?

僕は逃げたい気持ちが芽生えそうだったが、そんなことが許されるはずないとよく分かっていた。

 蛾は丸まっていた口吻を、素早い動作で伸ばして、僕に叩きつけようとしてきた。僕は、横跳びに飛んで、それをかわす。叩きつけられた地面が、5センチくらい凹んでいた。これを食らったらヤバイ。

 明日から、こんなのが何匹も現れたらどうしようと不安になりながら、僕は蛾の連続攻撃をかわしていった。空を飛んでいるのに、どうやって攻撃をしかけたものか分からない。届くには届くが、大したダメージは与えられないだろう。

 助走を付けて飛べば少しは深く切れるか? 

 蛾の連続の猛攻撃は、僕にそんな余裕をくれるはずもない。

 僕はとにかく、蛾に切りかかっていった。僕は、分厚い羽根の下の方の一部分を切り落とした。霊長類の怪物と一緒で、緑の体液が流れた。蛾は少しバランスを崩したが、それでも攻撃を辞めない。

 しかし、蛾がバランスを崩したおかげで、少し攻撃の速度が遅くなった。僕はその攻撃を避けながら、ストローを半分以上切り落とした。蛾は身をくねらせて痛がった。

 僕はその隙に少し助走を付けて、思いっきり踏み込み、飛び上がった。こんなに頑張ってジャンプをしたのは小学生以来か? 僕の身体は、地面から2メートルくらいの高さまで飛び上がっていた。

 僕は、そのジャンプの高さにかなり驚いたが、そのまま蛾を目掛けて剣を振り落とした。蛾は、その真っ二つに裂けた体から、大量の体液をあふれ出したと同時に消滅した。

 僕はその場にしゃがみこんだ。蛾を倒したことよりも、自分のジャンプ力に度肝を抜かれてしまったのだ。

 僕は立ち上がると、今度は助走を付けずに思いっきり飛び上がってみた。膝もたいして曲げなかった。それなのに、1メートル以上は明らかに飛んでいた。次は、さっきよりも思いっきり助走を付けて飛び上がってみた。楽に2メートルは越えているようだった。僕の背の高さよりも、随分上まで僕の身体は飛び上がっていた。

「ちょっと、これは異常なのでは?」

 自分が人間離れしたような気がして少し怖かった。でも、裏を返せば、これぐらいの身体能力がないと守れないってことなのかもしれない。

「くそ! 今は余計なことを考えている時じゃないな」

 僕は大きく息を吐いた。

「1匹出てこい」

 僕は今の蛾を思い浮かべてそう叫んだ。すると、すぐに新たな1匹が現れた。またしても、ストローでの猛攻撃が始まった。僕は、それをかわし続ける。そして、蛾の攻撃を横跳びにかわした時に、着地の足を強く踏み込んで飛び上がった。さっきと同様に、蛾を上から真っ二つに切り裂いた。

「ふうー」 

 僕は汗を左手で拭う。

「今度、まとめて3匹出てこい」

 すぐに3匹の蛾が、その姿を上空から現した。気配を感じなくても、その羽ばたきの音で、すぐに何処から出現したかなんて分かる。

 今度は、3匹でストローを使って猛攻撃をしてくる。流石に避けるのもかなりきつい。少し手こずっていると、僕の真後ろにいた奴のストローが僕の右太ももに突き刺さった。

「うわあー」

 僕は叫び声をあげた。噛まれるのよりもずっと痛かった。直径10センチ近くはあるだろうストローが、突き刺さったのだから。

 蛾はストローを引き抜かない。何故か他の二匹の攻撃は止む。代わりに、蛾のストローの先が、うっすら赤い色に変色し、それは口元へと上がってくる。

 血を吸われる。

 僕は慌ててそのストローを切り落とした。切り落とした箇所から僕の血液と思われるものが流れ出てくる。剣にも赤い色がついてしまった。

 僕は、太ももに刺さっているストローの残りを急いで引き抜いた。ストローはザラついていて、掴むと棘のようなものが、無数に刺さるような感触がした。ストローの切れ端を投げ捨てて、掌を見てみるが、棘のようなものがついている形跡はなかった。

 ストローを太ももから引き抜いた瞬間、傷口からドバっと血しぶきが上がった。傷が治るまで飛び上がることもできそうにない。辺りの草は赤い色に染まった。そして、まるで眩暈かのように、クラクラする。

 僕の血液が外に流れると、残りの2匹の蛾は一斉にそれに群がった。僕はそれを見てゾッとした。これならまだ霊長類の怪物の方が可愛げがあったと思った。

 2匹の蛾は血液に群がったが、すぐに僕への攻撃を開始した。もっと沢山の血液を求めているのかもしれない。

 傷口はまだ治らない………目も霞む………………。

 1匹ならまだしも、2匹の攻撃を、しかも、もう一匹も加わってくるだろうから、とてもよけきれないと僕は思った。

 こんなとこで死んでしまうのか。

 そう思った時、握っていた剣が光った。特に僕の血が付いている部分の光が強い気がした。

 その光は僕には眩しくもなく、温かく感じただけだった。そう、まるで僕を包み込んでいくような感覚になったから………。

 なんて温かくて、優しいぬくもり何だろう………。

 その光は数秒の間輝くと、徐々に消えていった。剣についていた、僕の血痕が消えていた。そして、辺りにいたはずの蛾の姿が何処にもなかった。

「どういうことだ?」

 僕はまるで、夢から覚めたような感覚だった。眩暈も、目の霞みも、すっかり治っていた。

 僕は剣をジッと見つめた。もちろん剣は何も答えてはくれない。

「おい、おまえが倒したのか? 僕を助けてくれたのか?」

 剣は沈黙を守っている。

 僕は少しの間、剣を見つめていた。もちろん沈黙は破れないけど、頑張れと言われているような気がした。

「3匹、出てこい」

 僕は叫んだ。僕の太ももの傷口は、もうすっかり治っている。体調も万全だ。このままじゃ、引き下がれない。

 さっきと同じように、頭上から蛾が3匹現れた。まるで、僕を取り囲むようにしている。しかし、今度はその分厚い翅を使って、僕に強烈な風圧を叩きつけてきた。

 別に、それで僕の皮膚が切れるわけではない。ただ、とてもじゃないけど目を開けていることができなかった。おまけに蛾の臭い匂いも漂ってきて、これが本当にきつかった。

 あの翅が直接当たっても、僕は相当なダメージを被るだろうと思った。蛾は徐々に近づいてくる。僕がストローの射程距離に入ったら、すぐに攻撃を開始してくるだろう。

 僕は、どうせ開けていられないならと、敢えて目を閉じた。そして神経を集中した。別に、ストローで攻撃をしてくるのを待つ必要もない。すごい風圧だが、今の僕ならきっと動ける。

 僕の背後にいる蛾がだいぶ近づいてきたところで、僕は、クルリと身体を回転させながら、少し飛び上がった。飛び上がりざまに、下から蛾を突き刺した。すごい風圧でも、目が開けられなくても、蛾の居場所も、どこに何があるかも、なんとなく分かった。気配というのか、そこからは、エネルギーが漏れているのだ。

 蛾は、緑の体液を噴き上げて消滅した。残るは2匹。

 残りの2匹の蛾は、すぐにストローで物凄い連続の攻撃を仕掛けてきた。僕はそれを避けて、横跳びに飛び上がる。そのまま、1匹の蛾の胴体と、その分厚い翅の真ん中より少し下の方を、横に切り離した。また緑の体液があふれ出る。蛾の体液と霊長類の体液の匂いは少し違う。とは言え、両方とも嫌な匂いだ。身体にかかるのは不快だが、元の世界に戻ればそれも消える。

「あと、1匹」

 僕は一回転しながら身を翻して、剣でもう1匹の下の方を切り落とした。蛾は、それでもストローでの攻撃を辞めない。僕はそのストローも切り落とし、軽くジャンプして、蛾の高さまで飛び上がった。そのまま斜めに剣を切り落として最後の1匹を消滅させた。

「よし、頑張った」

 蛾への怖さは乗り越えた気がする。

「元に戻る」

 僕はそう言って、僕の部屋に戻った。

 今日は、沢山汗をかいていたので、まずすぐに風呂に入った。汗をすっかり流してしまうと、さっきあれほどお好み焼きを食べたのに、また空腹感が襲ってきた。しかし、こうなることは予想していたので、僕は帰りがけにスーパーに寄って、食料を大量に買い込んでいた。  

 後藤がそれを見て少し驚いていたが、明日の朝食べるものだと適当に言っておいた。即席で食べられる菓子パンやおにぎりなんかを大量に頬張ってから、僕は自分の部屋へ戻ってベッドで横になった。

 仰向けに寝転がると、僕は剣を出して握った。改めて眺めてみる。部屋の隅では自分の寝床で、可愛い寝息を立ててミャアが眠っていた。僕は身体を起こして僕の前に剣を置いてみた。

「おい、もしかして何か知っているんじゃないのか? 僕は分からないことだらけで困っているんだ。さっきみたいに僕を助けてくれよ」

 剣は当然何も答えない。ただ、蒼い2本の光の線が輝いているだけだ。

「僕は、おまえに名前を付けて見ようと思うんだ。いつも助けてもらっているし、今日は死んでしまうかもしれないところを助けてもらったみたいだから」

 どんなに話しかけても剣は何も答えない。僕は気にしないで続けた。

「さっきは本当にありがとう。すっごく助かった」

 剣は何も答えないが、僕はこの剣が僕の言っていることを、なんとなく理解している様な気がしてならなかった。

「おまえ、話ができないのか? でも、僕の言っていることは理解しているよな?」

 部屋の中には、ミャアの小さな寝息しかない。

「アイルランドやスコットランドの言葉で、光の剣という名の神話に出てくる剣があるんだ。僕はおまえの名前を、それに決めたよ。『クラウ・ソラス』だ」

 僅かに、蒼い光が強くなったような気がした。僕は、逆にそれを見て、この先の言葉を続けるのが少し躊躇われた。

「カッコいいんだけど、ちょっと長いから、勝手に略すことに決めた。だから、本名は『クラウ・ソラス』だけど、僕は『ラウラス』とおまえを呼ぶことに決めたから。クとソを省略したんだ。こっちの方が、僕には呼びやすいし、カッコいいだろ?」

 だけど、僕はどうしても剣がどう感じたのか、知りたくて堪らなくなった。感じたりするのかどうか定かでもないのだが………。

「じゃあ、もしこの名前が嬉しいなら、その場所から、僕の手の中に移動してくれ」

 すると、剣は次の瞬間に僕の手の中にあって、僕はラウラスを握っていた。しかし、僕はもう一度元の場所に戻して、

「じゃあ、今度は『ラウラス』の名前が嫌だったら僕の手の中には来るなよ」

 僕はちゃんと剣が手の中に来るように意識を向けたが、ラウラスを握ることはなかった。

「じゃあ、今度は嬉しいなら、手の中に」

 ラウラスはちゃんと手に収まっている。

 僕は嬉しくなって、何度もそのやり取りを繰り返してしまった。ラウラスは、根気よくその僕に付き合ってくれた。

 約1ヶ月後までに僕は強くならないといけないらしい。水瀬さくらを守るためにだ。でも、ラウラスとならやっていけそうな気がしてきた。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

これは、この前の河野樹が出てくる話よりも、前の話になります。

現在はイラストレーターさんが小説の中に入れる挿絵を描いてくれているところで、それができあがったらkindleに出版をしていきます。

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