初めての彼氏ができた。1年くらい前から密かに好きだった。だから、東郷君私を好きみたいだって友達から聞いたときは、本当に嬉しかったし、すごくドキドキした。
今、私は受験生。高校に入る為にみんなが勉強を頑張っている。私は勉強は元々できる方だけど、3年生になったのを機にもっとレベルの高い塾へ行かされることになった。その塾は、最寄りの駅から2つ目。帰りは遅くなる。幸い、お母さんかお父さんが駅まで迎えにきてくれるけど、以前にも増して勉強漬けの毎日はくたくたになってくる。
そんな頃だった。東郷君が私に告白をしてくれたのは。
東郷君はバスケ部で、本当にバスケが上手い。体育の授業がバスケのときなんて、うっかり東郷君ばかり見てしまって、私は先生に叱られたこともあった。そのとき、私たち女子はダンスをしていたのだけどね。
告白をしてくれたとき、私は仲のいい友達の春奈に呼び出された。土曜日で、その日は塾がなかった。春奈が、相談があるというので私は出かけた。家には私とお母さんしかいなかったから簡単に出かけることができた。これがお父さんがいると、受験生なのにと言われていたところだったと思う。
「春奈、どうしたの? 何かあったの?」
自宅から少し歩いた先の公園で春奈とは待ち合わせをしていた。私がその公園に着くと、春奈は既に来ていた。
「ああ、よかった。それじゃあ、東郷―!」
春奈は、自分の後ろの方へ向かって東郷君の名前を呼んだ。私がそっちの方を見ると、全然気がついていなかったけど、確かに東郷君がそこにはいた…………私の心臓が急にものすごいスピードで活動し始める。
「春奈、どういうこと?」
私は小声で春奈にそう言った。
「良かったね。東郷が、何か話したいことがあるみたい。私は行くからね」
「えっ⁉ ちょっと待って! おいていかないで~」
そんな私の願いを春奈は全く聞く様子がなく、さっさとその場を去っていってしまった。その代わりに東郷君がやってくる。
春奈は私の気持ちを知っている。私の気持ちを知っているのは、春奈とあともう2人、いつも一緒にいる4人だけ。
東郷君が近づいてくる。その距離が狭まるにつれて、私の緊張は最高値まで狭まっていく。
「朝倉、悪かったよ。何だか騙したみたいに呼び出してさ。怒っていないよね?」
「えっ⁉ あ、う、う、うん。ぜ、全然怒ってなんかいないよ」
私は、少しうわずったような声を出してしまった。しかもどもっている………救いようがない…………。
「あのさ………実は、ずっと気になっていたんだよね。その朝倉の事。今、俺たちは受験で大変な時期だけど、お互い励ましあって乗り越えていけたらなって思うんだ。それで………良かったら俺と付き合ってくれないかな?」
今、東郷君は何て言ったのだろうか? 私の耳が錯覚を起こした???? あれ? 何だか緊張しすぎて何が何だかよく分からなくなってきた。
「朝倉? 聞いている?」
東郷君が何か言っている気がする。でも、駄目、本当に理解できない。何かよく分からない。手汗が凄い気がする。手に汗なんて普段かかないのに、何で?
「朝倉?」
どうしよう。家に帰りたい。何だかもう、どうしていいか分からない。
「ごめん…………何だか困らせたみたいで。悪かったよ。忘れてくれて構わないから」
「えっ⁉」
東郷君は、私に背中を向けて去って行こうとしだした。私は、思わずその東郷君の服を掴んでしまった。
「待って、違うの、違うの。行かないで。ごめんなさい。緊張しすぎて言葉が出てこなくて」
東郷君は私の方を見てくれた。
「じゃあ、困った訳じゃないってこと? ああ、でも緊張させてごめん。でも、こう見えても、俺も滅茶苦茶緊張してる」
「………そうなの?」
「そりゃあ、そうだよ。だって、好きな女の子に気持ちを伝えたんだから」
「好きって………わ、私のこと?」
「他に誰か今いる?」
「ううん」
今度は急に冷静になってきた。東郷君は私に告白をしてくれて、好きだって言ってくれた。
「ありがとう。凄く嬉しい」
私は東郷君の方を見てそう言った。きっと凄く嬉しそうな顔をしていたのだと思う。東郷君は、私の顔をボーっと少し見ていた。
こうして私と東郷君は付き合い始めた。毎日が楽しかったけど、お父さんを警戒しなくてはいけなかった。お母さんはお父さんほど厳しくないけど、お父さんに私のことを報告しているから、気が抜けない。
東郷君と私は2年生の頃同じクラスだった。初めの席替えで隣同士になって、東郷君に勉強をよくきかれた。私はそれを教えたり、時にノートを見せたりしていた。そんなことがきっかけで少し仲良くなれたけど、次の席替えで離れたあとは、あまり関われなくなった。
時々東郷君と目が合っていたし、時々、東郷君が何でもないようなことを話しかけてきてくれるくらいだった。でも3年生になってクラスも離れてしまってからは、全然関われていなかったけど、東郷君が私と同じ気持ちでいてくれたことが本当に嬉しかった。
東郷君と私はよく一緒に勉強をした。東郷君も私と同じ高校へ行きたいと言ってくれて、頑張って勉強をしてくれた。私は私で、頑張って勉強をして、成績を絶対に下げないようにした。そうでないと、お父さんがもっと厳しくなるかもしれないから。
それでも、お母さんが私の異変に気がついた。
東郷君と付き合う前は、一度家に帰ってから塾へ行っていたのに、それをしなくなったから。私は塾へ行くまでの間、東郷君と過ごすようになっていた。彼といると、例え勉強をしているだけでも、心が安らいだ。ドキドキもしたし、本当に幸せだった。
今まで頑張って勉強してきたから、それのご褒美をもらっているみたいに、毎日が嬉しくて、学校へ行くのも面倒くさいと思うことが全くなくなった。
でも、気がつかれたから、止めるしかなかった。今、ここで止めないと、私の両親の東郷君への印象も悪くなるかもしれない。そうしたら、高校へ行っても付き合いを反対される可能性が出てくるから。
東郷君には理由は説明したけど、東郷君は春奈に私のことをよく相談するようになっていった。
夏休みも、私は東郷君とは全然会えなくて、ずっと勉強ばかり。少しの時間ができても、今度は東郷君の予定が合わなかったりした。そして、2学期が始まったある日、他の友達に噂話を聞いた。
「美玖、あのさ、東郷と春奈が2人でいるところを見かけたんだけど………他にも見た子がいるし、大丈夫?」
たまたま春奈が学校を休んだ日だった。その時に、言いにくそうにそう私に訊いてきた。
「そうなの? それは知らないけど………ほら、うち親が勉強厳しくて、あまり東郷君と会えなくてさ。だから、東郷君が春奈に相談しているってことが知っていたけど………それじゃないのかな?」
「あまりそんな感じに見えなかったけど………」
私の中にモヤモヤが生まれていく———————ううん、少し前から生まれていた。それがだんだん私を埋め尽くしていく感じだ。
私は、春奈と話をした。東郷君と話すのは怖くてできなかった。彼の口から嫌なことを聞くのは本当に怖すぎたから、無理だった。
春奈が言うには、春奈と東郷君は、相談を春奈が受ける様になって、お互いに好きになっていったらしい。私にはなかなか言い出せなかったと…………春奈は必死に謝ってきた。私はわかったと言ったけど、その日を境に、春奈とうまく接することができなくなってしまった。
私たち4人組は、2人と2人に分かれた。春奈と一緒にいる友達は、やっぱり春奈を1人にはできないと言って、春奈といることを選んだみたい。
東郷君が私の成績に追いつくことは難しいと言っていた。だから、私たちは密かに私立の高校へ行こうと話していた。私は成績を下げないで、でも、当日の公立の受験を失敗して併願の私立へ行けばいい。東郷君も同じ。
高校になっても、少なくとも1年生のときに同じクラスになれることはないけど、同じ高校に通うことはできたはず。レベルがたくさん別れているあの私立の高校ならと話していた。すごく楽しい時間だった。
でも、それももう無理になった。それを励みに頑張っていたのに、できなくなった。それなのに、私は併願の高校を変える気もないみたいで、自分が本当に嫌になる。
結局私は、公立の高校へと進学が決まった。東郷君がどこの高校へ行くかまでは知らない。ただ、春奈は皮肉にも私が併願を希望していた私立の高校へ進学が決まった。もしかしたら、私が東郷君に提案したことを、今度は2人でやったのかもしれないと少し思ってしまった。
中学の卒業式の前日。校門から出たところで、東郷君に会った。校門のすぐ外にいたから。
「朝倉、少しいいかな?」
「うん。分かった」
いったい何の様だろうと思った。何カ月も言葉を交わしていないのに、話すことなんて何があるのだろうか?
「美玖、大丈夫?」
「うん。ありがとう」
一緒にいた友達が心配してくれたけど、私は1人で東郷君と話をすることにした。
学校を後にしてからしばらく東郷君のあとについて歩いていった。いつの間にか、東郷君は、私に告白をしてくれた公園まで来ていた。私は中に入るのが少し嫌だったけど、後に続くことにした。
東郷君はベンチに腰かけた。付き合っていたときにも、ここには何度か来たことがある。そのときにこのベンチにも座ったりしていた。
私は、間を開けて座った。
「春奈とは別れたんだ。少し前に」
「そうなんだ………」
全然知らなかった。でも、だからと言ってどうにもならない。春奈とはかなり進んだことすらしたと噂で聞いている。
「もう、受験も終わっているし、中学も卒業だけど、もう一度やり直せないかな?」
私は驚いて東郷君の顔を見た。東郷君は私の方を見ていて、目が合った。
「やっぱり好きだったのは朝倉だったって分かったんだ。でも、なかなか会えなくて、そんなときに春奈が俺のことを好きだって言ったから、ついそっちへ行っちゃったんだ」
いったい、何を言っているのだろう?
「でも、春奈のことは好きでも何でもなかった。俺は朝倉のことがやっぱり好きなんだ。朝倉と付き合っていたときは本当に毎日が楽しかったし」
それは私も同じだった。本当に毎日が幸せで嬉しかった。
「もう、無理だと思う。どうせ、高校も違うしね」
「それは、関係ない。別々の高校に行っていても付き合っている奴だっている」
「そうだろうね。でも、私は東郷君とは無理だと思う。ごめんね。もう行くね」
私はそう言って立ち上がった。その瞬間、東郷君が私の腕を掴んできた。とっさに見た彼の顔は、とても辛そうだった…………でも、私にはもう何もしてあげられない。
「ごめんね」
私は、もう片方の手で東郷君の手を私から放すと、その場を去った。
何を言っているのだろうと思ったし、腹立ちもあった。だって、それなら春奈は? 春奈が可哀想。そう思うのに、私の中には嬉しさも生まれてきていて………まだ東郷君のことが好きなのだと自覚をしなければいけなかった。
それでも、もう彼を信じることはきっとできない。
私は走った。走っていった場所は自分の家ではなくて、春奈の家だった。
「何で、春奈の家にきちゃったんだろう?」
そう私が呟くと、春奈の声が聞こえた。
「美玖、どうしたの?」
その声は弱弱しくて…………私は何故か春奈に思いっきり抱き着いた。そして、私は声を出して泣き出した。
「美玖、どうしたの? とりあえず中に入ろう」
私は春奈の部屋に通された。通されたあとも私は泣きじゃくっていた。春奈は私が泣き止むまでずっと待っていてくれた。
泣き止んだあとに、私は春奈に今回のことを話した。春奈の今の気持ちも沢山きいて、私たちは再び2人で抱き合って泣いた。お互いに慰めあったし、春奈は私に何度も謝ってきた。
翌日の卒業式のあとは、また4人で一緒にいたし、高校が始まる前の春休みは4人で遊んだ。春奈とはこれからもずっと友達でいられそうな気がしている。