記憶の彼方へ 2

小説

続きものになります。

 

 私が、部屋から出かかると、聡太さんが立ち上がって、扉を掴んだ。

「何処に行くんだ?」

「何処って、この家から出ていくだけ」

 聡太さんはやっと私を見ている。でも、今度は私が聡太さんの方を見ていない。

「もう、遅いし、何処に泊まるっていうんだ?」

「何処か適当に探すから」

「見つからなかったら?」

「聡太さんに関係あるの? 放してくれる?」

 駄目だ、こんな言い方をしたら、どんどん良くない方向へ向かう。でも、自分の感情を止めることもできない。

「いやだ」

 意味が分からない。この後に及んで嫌だなんて⁉ 

「じゃあ、話して。今日は何でこんなにいつもと違うの?」

「話したくない」

「私は聞く権利があるって思う」

 だって、お風呂にいきなり入ってきて乱暴にされた。だから権利があると思った。

私は聡太さんを睨みつける様に見た。聡太さんは苦しそうな顔をしていた。それを見ると、聡太さんに対して腹を立てていたはずなのに、その気持ちは急速冷凍されていく。

「どんなことでもきちんと聞くから。でも、どうしても嫌だったら言わなくていいわ」

「——————この前、日曜日誰といた?」

 聡太さんは、やっと口を開いた。でも、何のことを言っているのか分からない。

「この前の日曜日って………ああ、確かクライアントと打ち合わせをしていたはずだわ。それ以外は、家にいた気がする」

「でも、日曜日だぞ?」

「うん。でも、そこしか都合が合わなかったから。向こうは平日休みだからこちらが合わせるしかないでしょ。信じられない?」

「いや、嘘を言っているようには見えない………」

 ああ、勘違いをしたんだな。でも、焼いてくれるなんてそうそうないことだから、貴重だな。最も、私は聡太さんが辛い思いをしないように、普段から気を遣っているせいもあるけど。

「誤解は解けた? それなら、どうして機嫌がまだ悪いの?」

 聡太さんの様子はまだおかしい。

「俺のこと流石に嫌になったよな………勝手に勘違いして、あんなに乱暴にして」

 ああ、そういうことか。さっきのことを気にしているのね。

 私はしょげている聡太さんに正面から抱き着いた。

「大丈夫。こんなことくらいで嫌いにならないから。焼きもちやいてくれたことも嬉しいしね」

「ごめん。もう2度と乱暴にしない。痛かった?」

 そう言いながら、私をいつもより強めに聡太さんは抱きしめてきた。ギリギリ苦しくない程度だ。

「痛くは、なかった………でも、ちょっと怖かったかな」

「ごめん。本当にごめん」

 こういうところは大好き。いつも冷静なのに、ときどき感情で突っ走っても全然嫌じゃない。全部受け止めたいって思っているから。

 聡太さんが私と離れたくならない限り、彼の傍でできるだけ多くの時間を共にしたい。本当に心からそう思っている。大切な大切な聡太さん。大好きよ。

 だから、できるだけ長い時間一緒にいられたらって、そう思っているの。でも、何故か分からないけど、それが儚いもののような気がして、時々どうしていいのか分からない。

 昔から時々見る夢のせいだろうか? 悲しそうな………ううん、どこか苦しそうな顔をしている男の人がいる夢。私は彼を抱きしめてあげたくなる。だって、見ているとこちらまで苦しくなるから。

でも、彼がどこにいるのか分からない。目が覚めると、顔とかもまるで覚えていないの。

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 どうして、こんなに時々不安になるのか? 今まで何人もの女と付き合ってきたけど、こんなに不安になることはなかった。志乃が年上だからか? 志乃の前に付き合った女が浮気をしたからなのか? でも、はっきりと分からない。

 時々、嫌な夢を見る。俺は汗をかいていて、目が覚めるけど、起きてみると何の夢だったのか全く覚えていない。ただ、志乃がいたような気がするだけだ。

 この不安のせいなのか、俺は志乃を求める気持ちが強くなっていく。もっと一緒にずっといたいと思う。遠距離なのがもどかしい。

「聡太さん、どうしたの?」

「あ、ああ。ちょっと嫌なことを思い出してさ」

 今日は、志乃の家に俺が来ている。志乃が手料理を作ってくれていて、それを眺めていた。のんびりとした状況であったはずなのに、何故だか不安になってくる。志乃がいなくなってしまうような気持になる。

「温かいうちに食べよう」

「うん。ありがとう」

 志乃は俺の向かい側の椅子に座って俺に笑顔をむけてから、食べ始めた。

「なあ、志乃」

「なあに? 美味しくなかった?」

「いや。すごく美味しいよ。でもそうじゃなくて………できたら一緒に暮らさないか?」

 志乃は驚いた顔をして、食べるのを止めた。そして、俺の顔をじっと見てきた。

「私たちはそれぞれ仕事をもっているし、暮らしている場所は離れているわ。だから、それはちょっと難しいと思うのだけど?」

「分かっている………少しいってみたかっただけだ」

「聡太さんは、仕事がまた東京に戻るってことはないの?」

「今のところはないな。そもそも、自分で希望を出したし」

「そうだったわね。う~ん、それじゃあ、無理のない範囲でになるけど、かわりばんこに週末、つまり金曜日にお互いの家にいくことにする? 今は土曜日に移動しているから」

 志乃の提案は嬉しかった。単純に嬉しかったけど、何だかこのままじゃあ、俺と志乃の未来がない気がして悲しくもなった。そもそも、志乃は俺とずっと一緒にいたいと思っていないのかもしれない………ああ、こんなこと、今までの女に思ったことなかったのに、自分が女々しく感じる。

「じゃあ、無理のない範囲で」

「うん」

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 何でだろう? 私の中に不安がなくならない。聡太さんに対してではない気がする。でも、聡太さんと付き合ってから生まれた不安なのは確かだと思う。

 聡太さんとずっと一緒にいられたらって心から思っているけど、それが叶わないような気がしてならない。

 暮らしている場所の距離が離れているからかな? このままだと、聡太さんが近くにいる女の人の方がよくなって、私とは終わりになってしまうのかな?

 仕事は大切で、それは聡太さんも同じだろう。だから、私たちは一緒に暮らすことはできない。これはどうすることもできない。

 私は、今のスタイルが嫌いではない。平日は1人の家で過ごしながら仕事を頑張る。毎回ではなくても、週末は聡太さんと会う。ずっとくっついているよりも、今の方が聡太さんに対して優しい気持ちにもなれる気がする。

 でも、何で不安になるのかな? 

 私は聡太さんに一緒に暮らさないかと言われてから、こんなことを少し考えながら、歩いていた。まだ仕事を出たばかりで、今は帰宅途中だった。すると、急にすれ違った人に腕を掴まれた。私はその反動で後ろを振り返り、そのまま自分の腕を掴んできた相手を見た。

 そこには背の高い男の人がいた。顔もかなり整っている。と、いうか、周りの人が(特に女の人が)彼のことを振り返ってみている。モデルとか芸能人とかって感じなくらいにかっこいい。でも、私にとっては、今は聡太さん以外に魅力を感じなかった。

 なのに………どうして、この人に対して懐かしい感じがするのかだろう? 彼の顔を見た瞬間から急に胸が締め付けられるような苦しさを覚えている。

「私は………」

 そう言いかけて、意識が急に遠のいくのを感じた。彼は、夢で何度も見た人だ…………完全に意識を手放す前に、私はそう思った。

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