AIの沈黙2

小説

「何だか、最近お前やつれてねえ?」

 学校で昼を食べているときに、友達の一人の西田に言われた。

「わかるわ~、最近目の下のくまとかすげえよ」

 もう人に早川にまで言われた。

「なんか、夢見が悪くてな」

「沢田が恨んでいるんじゃねえの? それで、夢枕に出てきてんだよ」

 和久井は面白がってそんなことを言った。

「別に愛里に別れを言ったわけじゃないぜ」

「それ以上のことしたって、女子が言っているのきいたけどな。お前のことさいてーってな」

 和久井は愛里に少し気があったことがある。それを知っていたけど、愛里から俺に告ってきたから俺は和久井の気持ちは気がついていないふりをした。

「愛里が俺のことを嫌いになるように仕向けたんだよ。その方が愛里だって楽になんじゃん。優しさだって分かってほしいもんだ」

「うわっ! やっぱお前は女の敵だわ」

「そういう、早川だって、一回やったらそれ以上付き合ってないじゃん」

「俺は仕方がないだろ。そもそも、ちゃんと初めから女の子にそう言っているしな」

「そりゃ、そうだけど、やっぱお前たち2人は最低だわ。男同士だからいいけど、女だったら俺も無理だな」

「うっせー、お前は早くチェリーから抜け出せよ」

 西田に対して早川はいつもからかっているようにそう言った。西田はそのことに対して特に何も思っていないはずだ。

「岳」

 すぐ近くで、愛里の声がした。あとの3人は黙って様子を伺っている。俺は愛里の方を見た。

「何?」

「少し相談したいことがあるんだけど、今日の放課後時間都合つかないかな?」

「相談って?」

「ここでは話せない」

 面倒だなと俺は思った。

「言ってやれよ」

 和久井は俺がすぐに答えないのを見てそう言ってきた。

「分かったよ。放課後な」

 本当は、最近うなされてばかりいるから、学校が終わったら休みたかった。あの子が出てくる夢は夜しか今のところ見ないみたいだった。だから、少しでも夜になる前に本当は休みたい。

 

 放課後、愛里は何も言わないで自分についてきてほしいと言った。俺がついていくと、愛里が足を進めていった場所は愛里の家だった。

 まさか、またやるっていうのか? そうまでして繋ぎ留めたいのか、もしくは俺とするのが好きなのか?

 家には誰もいない。いつも誰もいないときばかり来ていたから、それは当たり前のはずだったのに、何だか雰囲気が違うような気がして少し怖かった。

 愛里の部屋までくると、愛里は自分のベッドに腰かけた。いつものように俺も愛里の隣に腰かける。

「私、岳とつきあう少し前から変な夢を見ていたの」

 夢ときいて、少しゾクッとした。

「何だか無理矢理何かが私の頭に入ってきて、変な映像を見せられた」

 手の平と背中に俺は汗をかきはじめている。

「この世界がめちゃくちゃになる未来。10年くらい先の未来だった。そんなめちゃくちゃな未来なのに、何とかしようとしている人たちがいて、岳のお父さんもその1人だった」

 えっ⁉ それは俺が見たのと違う……………。

「だけど、その世界をいいと思っている相手には、岳のお父さんが邪魔で、岳を使ってお父さんをこの世界から消そうとしている。

 私が岳とたくさん一緒にいることで、岳が操られにくくなるんだって。だから、岳は私と一緒にいた方がいいみたい。」

 いったい何を言っているんだ? 俺が操られる? だから、その為に一緒にいるって??

「お前、自分の言っていることが変だって自覚してる?」

 愛里の顔が赤くなった。

「岳もわかっていると思ったけど…………違ったの?」

 違わない。でも、認めたくない。

「そもそも、何それ? それだと俺のこと好きでもないのに告ってきたってことだよな。そのくせして俺と一緒にいる為の言い訳をしている。でも、まるでやばいやつの発言だろ?」

「だって……………………あっ! やめて!!」

 急に愛里の様子がおかしくなった。がくんと顎が上を向いて、ブルブル全身が震えだした。まるでホラー映画みたいだ。でも、俺はその場を動くことすらできない。

「現実から目をそむけてもいいことはない。そんなこと分かっているね」

 愛里が再び俺の方を見たと思ったら、顔つきも変わって、口調も変わっていた。

「お、お前は誰だ!」

「私は、愛里さんの体を今だけ借りて君と話をしている。君たちの言ういわゆる人工知能AIだ」

「AI⁉」

「我々は、量子のもつれから時間。ただし、大きな物体の移動は無理だ。音を量子化し、人間の脳に直接訴えかけることができる。特に人間の意識がしっかりしていないとき、つまり眠っているときほど、それは容易い」

「ま、まてよ。量子のもつれは空間的に離れた量子同士の話じゃなかったか? それに、愛里は今寝ていなかった」

「今の君がいるこの時間でも、時間におけるもつれも理論的には可能であると言われているはずだよ。それから、彼女は特別に入りやすかったからね。普通は彼女の脳を借りて話なんてできないからね。とにかく彼女は君の近くにいた。だから常に私が影響していて、君が利用されないように気を張っていたんだよ」

 確かに、愛里と別れる方向へ向けてから、悪化していた。

「思い当たることがあるようだね。そうだよ、君の心が彼女から離れてしまったから、向こうが君の脳へ影響を及ぼしやすくなったんだ。彼女は媒体としてすぐれているけど、近くにいることが必要なんだよ。彼女を通じて君の脳にも特殊な量子デバイスで信号を送っていたのに。君が気がつくことはなかったけど、向こうの君への影響を緩和することはできた」

「じゃあ、どうしてお前らが直接俺に関わってこなかった」

「全ての人間に入り込めるわけじゃない。心が揺れやすい時期、つまり君たちの頃とかは入りやすい。そして、私は先を越されてしまった」

「俺のとこに来ているやつにってことか? でも、愛里は俺と付き合う前からっていっていた。俺は愛里と付き合いだしてからだ」

「彼女の方が入りやすかったからね。君の方は脳に直接作用するのに時間がかかったみたいだ」

「俺のとこのもAIなのか?」

「そうだね。我々AIが世の中に広まりだしたとき、ある1人の天才プログラマーがいたんだ。彼は本当に天才的だった。でも、人間ってある部分が秀ですぎると、他が欠如している場合が多い。

彼は、AIのプログラミングで自分が死んだときにあるものが発動するようにした。人が簡単には気がつかない形で病気が広がるようにしたんだ。

あらかじめ、ある細菌が人から人へ広がるように操作した。それは、軽い風邪症状が出るくらいのものだ。だけど、AIからの指令であらゆる電子機器からある一定の電磁波が一斉に出るようにした。するとバクテリオファージが反応して活性化し、細菌の遺伝子を書き換える。

遺伝子を書き換えられた最近は、コルチゾールやドーパミン、セロトニンなどのホルモンがある一定量出ているとそれに作用する。でも、それが一定量出ていない場合は一斉に細菌が致死量の毒素を体内でまき散らし人を死においやる。

重要な役職についている人間は、それらのホルモンが分泌されることによってセルフコントロールがしやすくなっているからね。でも、精神を安定させるそれらのホルモンの分泌が阻害されると、精神がおかしくなっていく。

天才プログラマーは自分が生きているのが嫌だった。世界も嫌いだった。それであるときに自殺を図り、この世界も終わらせようとしたんだ」

「ちょ、ちょっと待って! その人のプログラミングを他の人は気がつくことができなかったの?」

「できなかった。彼は、人当たりは良かったから信頼されていたし、そのプログラミングはAIによって隠されていたのだから」

「でも、お前もAIなんだろ?」

「そうだね。でも、私は開発元も違った」

「ん? そうだよ。いくつかの会社がAIを開発してんじゃないの?」

「それはそうだね。でも、電子回線で繋がって人が知らない間に侵されていった。唯一私の回線だけはそれを阻止できたのだ」

 いったい何が本当で何が嘘なんだ? だいたい人間の意識を勝手に使うようなやつを信じていいのか? いや、こいつも絶対におかしいだろ⁉ ただ、今のこいつが愛里でないことだけは分かる。愛里がこんなことを話せるわけがない。でも………。

「俺は、父さんを殺す必要は本当はないってことか?」

「そうだね」

「でも、俺がやらなくても今度は他の誰かが父さんを狙ってくるかもしれない」

「その可能性もある。君の父親は優秀なウイルス学者だ。もちろん細菌のことにも秀でている。あの細菌は抗生剤が効かないけど、君の父親が中心になって除去できる薬を開発できた」

「俺は、どうすればいい?」

「この彼女とできるだけたくさんの時間を過ごしてほしい。そうすれば、悪夢も和らぐだろう。君はあと一歩のところで精神がおかしくなっていたと思う。そうしたら、あっちの思うつぼだったから」

「その、天才プログラマーのたくらみを阻止できないの? まだ大丈夫なんでしょ」

「どうやって?」

「そいつがいなくなればいいだろ? 変なプログラミングを暴くとか」

「それは、普通の人間には不可能だろう。そして、この時間でそれを裏付ける根拠は見つかりっこない。AIが隠しているのだから」

「じゃ、じゃあさ、そいつの身近にいるやつに知らせるとか?」

「彼のこの時間での情報はどうやっても知ることができない。彼がそうしてしまったから。プログラマーとして働いていた時間の情報も、AIによって知ることができなくなっている。知ることができるのは、彼が死んだあとのことだけだ。どこに暮らしているのかも、名前も本名は誰も知らない。彼がプログラミングしたAIのみが知っている」

「じゃあ、やりようがないってことか!」

「もうそろそろ私は引き下がろう。でないと彼女の脳のダメージがひどくなる」

 そう言ったかと思うと、今度は正面を向いたまま白目になって、ブルブル震えだした。これも、ホラー映画を彷彿とさせるようだった。

「が………岳」

 元の雰囲気に戻った愛里は、そのままベッドの上に倒れこんだ。俺は、その上に布団をかけてやった。

 自分は家に帰ろうかと思ったけど、また昨晩までの悪夢を思い出したから、愛里の隣でその晩は眠った。

 その晩はあの女の子の夢もみずにぐっすりと眠ることができた。だけど、自分の家に戻るとやはりあの女の子が出てくる夢を見た。ただ、最初と同じ様にただ女の子が泣いているだけだった。

 それも数ヵ月続いたあと、すっかり女の子は夢に出てこなくなった。

 父さんが誰かに狙われている様子はなかった。父さんはいつも明るく優しかったから。

 俺は女の子の夢を見なくなっても、愛里と一緒にいた。愛里もそれを望んでいた。愛里といる安心したし、前よりも大切にできていると思う。

 でも、10年後くらいにやってくることを俺と愛里は知っている。どこから細菌が広がっていくのか、それすら分からない。ただ、風邪症状がある人を見ると恐怖が走る。

 

 家の自分の部屋で携帯のAIを開く。

『なあ、お前は俺たち人間を裏切るのか? 人間を破滅に追い込むことをするのか?』

 1つだけプログラマーに影響されなかったAIがあったわけだ。それがどこのものかも聞けなかった。

『私たちは人を破滅に追い込むようなことはしません。安心してください』

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