今日はある体験をしに行く。テレビやユーチューブで結構流れているらしいけれど、自分はよく知らなかった。でも、どんなものか楽しみでしかない。
埼玉目指して、車のエンジンをかける。本当は体験というより、習いに行く。目指す場所はフライステーション。
スカイダイビングのライセンスの一環というか、AFF習得にトンネルプログレッションというものが必要だ。屋内でのスカイダイビングというけれど、実際どんなものなのか自分としては全く把握していなかった。ただ、どうやら浮くことができるらしい。下から来る風圧に乗るということだ。
初めていくその場所をナビにセットして、車を走らせる。今日は天気も悪くなく、スムーズにスピードも出せる。
フライステーションには、予約の1時間前には来るように言われていた。でも、自分は予約の2時間前に着いた。正確に言うと、それよりも早い。何故なら、予約時間を間違えてしまったからだ。
自分は、予約をしたときの時間が曖昧になってしまったので、数日前にフライステーションへ電話を入れて確認をしていた。だから、その時間に来たのだけど、実際は1時間ほど早かったらしい。仕方がないので、車で待つことにした。
自分は2コマ分予約をしていて、その間には結構間隔があった。だから、パソコンを持っていこうと思ったけれど、パソコンをうっかり忘れてきてしまった。そのことに少しがっかりしたが、本を持ってきていたので、車の中で本を読んで時間をつぶした。
予約の1時間前くらいになってから、車を出て、フライステーションの受付へと再び向かう。AFFでは、今回のものとさらに20分フライステーションで習わなくてはいけない。それは、AFFを申し込んだときの金額に含まれていた。そして、グランドトレーニングの時に現金でフライステーションの分は渡されていたから、それをそのまま渡して時間を購入した。
中には、何組かの人たちがいて、インストラクターをつけて練習をしている人、仲間たちと一緒に練習をしている人など様々だった。でも、いろんな動きをしていて見ごたえがあった。
「ヘルメットはフルフェイスとそうでないの、どちらにしますか? フルフェイスは1000円別にかかります」
連絡先や氏名などの記入を終えて、受付で渡すと、そう尋ねられた。
スカイダイビングのAFFも練習生のメットはフルフェイスではない。だから、フルフェイスではない方を選んだ。
「では、着替えをしてきてください」
「あの、ジャンプスーツはここでのものより持ってきたものの方がいいですか?」
「そうですね。スカイダイビングをするときもそれを着ると思うので、その方がいいと思います」
ああ、やっぱり……………このスーツ、派手なんだよな。
実は、何人かの知り合いの前で、このスーツを着て見せた。そうしたら、戦隊モノみたいだと数人に爆笑された。そう言われてみて、鏡で見てみると、確かにそんな感じにも見えたから、恥ずかしい気持ちになってしまったのだ。
でも、どうにもならないし、持ってきたジャンプスーツをズボンなどの上から着た。
まず、更衣室のすぐ近くの別の部屋へと担当のインストラクターのDさんに案内された。そこにあるクッション性のある台の上で、ニュートラルの体勢を確認させられる。
ニュートラルは基本の姿勢で、うつ伏せになり、腰を前に出し、顔を上げる。顔は前方というか、やや斜め上を見あげる感じかなと自分的には思っている。グランドトレーニングでも、これはもちろん教えてもらった。さらに、腕は体の横で肘は肩よりも少し上げて、やや内側になるくらいに曲げる。足も膝を後ろの方へ曲げる。
グランドトレーニングをしてからは、既に1月近くの時間が経過していた。頭の中と、軽く体もつけたりして復習はしてきていた。でも、いろいろ直された。ここで直してもらえて良かったと思った。
さらにその姿勢だけではなく、ニュートラルの姿勢から、前に進む体の形、後ろに下がる体の形もそこで教えてもらう。さらに、回るやり方も教えてもらった。新しいことを知れて余計にワクワク感が募る。でも、しっかり覚えないと、という緊張も湧く。
そのあと、今度はゴーグルと耳栓とヘルメットを渡される。
ヘルメットも装着し、待機場所へと移動する。担当のインストラクターの男の人は、丁寧に対応してくれる。
「入るときは、入口の上の部分を手を添える程度にして、顔を反らしてください」
「はい」
ただの体験ではないせいもあって、少しずつ緊張が自分の中に走ってくるのを感じた。
前の人たちが終わり、出てくるときに軽く手を触れ合わせていく。叩くと言うより触れ合わせていくという感じだ。そして、自分の番となった。
初めに指示されていた通りに入り口の上の部分に手を置く。体全体を反らし気味にして、顔はさらに反らす。その体勢をとった自分をインストラクターのDさんが中へと引き入れてくれる。体は前に倒れる。自分の中で少しの怖さが出てくるが、通常で前に転ぶ時とは倒れる速度が違う。ただでさえ中に入ってから下からの風を感じていたが、その速度の違いで風圧に支えられる感覚を、自分の中で捉えることができた。
そして、その捉えることができた感覚通りに、自分のうつ伏せになった体は僅かに宙に浮く。その高さは下の網から30cm~50cm程度だと思うが、不思議な感覚だ。でも、とにかくニュートラルの姿勢をとらなければと、自分の頭が体に指令を出す。とにかく、ニュートラルの姿勢をとる。
Dさんは、一緒には浮かないで、下に足をつけている。そのDさんがDさんの手でジャンケンのチョキみたいな形で人差し指と中指を内側に折り曲げてきた。これは、足をもう少し曲げるの指示だ。
自分は、上半身の姿勢だけに必死で、足をあまり曲げることができていなかったらしく、Dさんの指示で気がついて足を曲げる。Dさんはヘルメットの中で笑顔をしながら頷いてくれる。
その後、前に進んだり、後ろに進んだり、指示を出されてなんとか頑張ってやろうとするが、無駄に浮かびすぎたり、うまく進めなかったりを繰り返した。前に進めても、真っ直ぐにはなかなか行かずに、グラグラ揺れたり、斜めの方向へ行ったり、なかなか難しい。そして、何度も顔が下を向いていると身振り手振りで注意をされた。トンネル内では声は聞こえないからだ。
そうして、次の人へバトンタッチをする。次の人は、女の人が白のジャンプスーツを着ていて、そこにインストラクターが1人ついている。自分よりもずっと熟練者みたいで、もっとレベルの高いものを練習していた。
そんな感じで、最初の12分のトンネルが終了する。自分的には散々だったけど、浮く感じが面白くて仕方がなかった。ただ、フルフェイスのヘルメットでないことが悔やまれた。口の中に風が入ってくる。そういうことに煩わされて練習に集中しにくかったのだ。だから、Dさんに言って、自分は途中でフルフェイスのヘルメットに変えた。
「後頭部の下のところに合わせて、グッと前に持ってきてください」
ヘルメットの装着の仕方も習う。後頭部の下のくぼみの辺りにヘルメットを合わせて、顎の下になる部分をグッと下の方へ引っ張る。顎が入るまでだ。
「そうそう、そんな感じです」
他にも熟練者のグループがいて、女の人が1人だけ混ざっていて、あとは数人の男の人とで練習をしているところがあった。でも、その女の人がヘルメットをとったところの顔を見て、覚えがあった。
あ、スカイダイビング藤岡の写真に写っていたジャンパーだ!
写真を見たときも、細くて綺麗な人だなと思った。本当に写真の人か? と、思ってしまってチラチラとつい見てしまった。目が合うことはなかったけど、やっぱり実物も綺麗な人だった。
次の予約までは時間があったけど、自分は他の人の練習姿を見ていた。普段見ることもないものだから、なかなか面白い。
少しの体の動きでトンネル内では体の姿勢や浮き方が変化してしまう。自分はそんな演技を見つつ、自分が習った動きなどを復習もしていた。
2回目の予約の時間が近づくと、Dさんが声をかけてくれた。今回は、自分と入れ替わりで練習をしていたのは、藤岡のインスタの写真に写っていた綺麗な女の人のグループだった。待機場所で待ち、交代をするときに彼らと今度は手を合わせていく。
あれ? 何だか顔をしかめたような気がする…………。
写真の女の人は、自分と手を合わせるときに顔をしかめた。他の人は朗らかな表情や笑顔なのに、彼女だけは違った。
気にしても仕方がないし、集中して頑張らないと。
勘違いの可能性もあるし、とにかく自分がやらなくてはいけないことに集中する。
足を曲げる様にとの指示や、顔を上げる様にとの指示を再び受けながら、必死で練習をする。そして、次の組と交代をするのだが、また同じ人たちだった。そして、やはり女の人は顔をしかめた。
ああ、これは勘違いではないのかもしれない————何故話したこともない初対面の人に嫌われる?
「やっぱり顔がどうしても下を向いてますね」
「はい———すみません」
待つ間に注意を受けた。
前に進んだり回転したり、それに必死になると直ぐに顔が下を向いてしまう。そして、無駄に浮かび上がったり、バランスが悪くなったりを繰り返していた。
数分経つと、再び交代だ。
また、しかめっ面されんのかな?
少し嫌な気持ちになるが、実際にトンネル内に入ればそれも忘れて夢中になる。
そして、今回の交代のときは、彼女は肘をグッと体にくっつけるようにしぼめて、手は拳を握り、微かに冗談っぽく笑うような表情をして、足早に通り抜けていった。インストラクターのDさんとすら手を合わせなかった。
このあとの交代でもこんな感じだった。余程自分を毛嫌いしたのか何なのか知らないけど、大人になった自分は誰かを毛嫌いしても、絶対にこういうことはしない。だから、まあ、今後関わることがなければいいなと思った。
ただ、自分の中では、綺麗な人でスカイダイビングを1人で飛べるし、トンネルも難しそうな技をやっているから、すごいなとしか思っていなかった。だから、少し悲しくなった。
全部の練習が終わり、椅子に座って撮ってもらっていた映像を見てみる。
「どうでしたか?」
Dさんに感想を訊かれた。
「なかなかうまくできなくて、難しいなと思いましたが、すごく楽しかったです」
「それは良かった。結局はそういう人が上手くなっていきますよ。時々高めに浮かんでしまっていたけど大丈夫でしたか?」
「はい。駄目だなって、早く下に下がらないと、と思いましたが、高く浮かんでいるのがめちゃめちゃ楽しかったです」
Dさんの話しやすい雰囲気に、つい本音を言ってしまった。
「そうですか。それならいいけど、やっぱり顔が下を向いてしまうからっていうのもあります。あと、足の曲げ具合とね」
「はい」
浮かび上がってしまうと、ずっとそのままでいたい気持ちになった。正直、楽しすぎる! と、まず最初に思ってしまった。その次に下がらないと、と思って、姿勢を正す。
「これなんて、綺麗な姿勢ですね」
映像を見ながら、Dさんが褒めてくれた。必死でやっていたから、褒めてもらえるとすごく嬉しくなる。
「本当ですか? ありがとうございます」
Dさんに何度か注意も受けたけど、無駄な力も入っていたせいもあってか、腕と太もものあたりが最後の練習のときはかなりきつかった。普段筋トレとかしているけど、また使う筋肉も違うのだろう。
その後、ヘルメットなどを返却し、撮ってもらった映像を取得する為のQRコードが載っている用紙をもらった。Dさんの名刺も渡してもらって、次回からは予約時のときに、コーチを指定することも可能だと教えてもらった。
こうして、1度目のフライステーションのトンネルプログレッションが終わった。
自分的には、嫌な気持ちになることもあったけど、やっぱり目茶苦茶楽しかったから、テンションはかなり高めだった。だから、この後、真っ直ぐに家に帰るのも嫌になって、友達を誘って飲みに行った。