それでも自分であるということ

小説

続きものです。

「うっ!! 何だこれは??」

 急に激しい頭痛に俺は襲われた。と、同時に辺りが歪んでいるように見える。

 頭痛のせいか⁉

「太一、どうしたの? 大丈夫?」

 母さんが、俺を心配して声をかけてきた。その母さんすら歪んで見える。

「う、うあ—————⁉」

 自分すらも歪む。いったい何なんだ!

「た、太一!!」

 悲痛な母さんの声が耳に響いてきて、俺はその声の方を見た。母さんは炎に包まれて一瞬にして燃え上がり、そして黒いチリのようになって消えた。

「か、か、母さん」

 俺の家も、俺が母さんが燃えて消える瞬間を見るのを待っていたかのように、一気に燃え始めた。燃えていないのは俺だけだ。俺は身に着けているものさえも燃えていない⁉

 高熱を出して寝ていた父親も、最近腰を痛めて寝てばかりになったお祖母ちゃんもみんな燃えてしまった。見ていないのに、それが分かる。いや、俺は見たのか? 見ていないのに分かるはずがない………全然いろいろ分からない。

 みんな燃えたのか? この家が火事になった⁉ 何で、何で、何で、何で?? 俺、独りだけ助かった??

 いや、…………桃花!

「桃花!」

 俺は、桃花の名前を叫んだ。

 俺の年の離れた妹の桃花は友達の家に泊まりに行っていて、今日は家にいなかった。だから、この火事に巻き込まれなかったはずだ。

 俺は、急いで外へ出た。靴も履かずに外へ出た。既に家はボロボロで真っ黒だけど、まだ形は残っていた。だが、外へ出て、俺は呆然とした。

「嘘だろ⁉」

 外は、一面の焼け野原で、何処の家も形すら残っていない。まるで爆弾でも落とされたかの様に滅茶苦茶な有様だ。

「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だー」

 俺は、嫌な汗が流れ落ちているのを感じながら、自分でも何処を見ているのかすら分かっていなかった。

「いや、桃花、桃花はきっと無事なはずだ。そうだ、そうに決まっている」

 俺は、はだしのまま走り出した。ところが、何かに後頭部を殴られて気絶をした。

 目を覚ました俺は、扉が一つだけの知らない部屋にいた。窓も何もない。ただ、明かりはついていて、俺は床の上で横たわっている状態だった。

 俺が上半身を起こすと、天井から大きなテレビの様なモニターが下りてきた。そこには、何処かの住宅街が映っている。

「あれ? ここ、見覚えがある気がする………これうちの近所だろ?」

 モニターに映った映像は明らかに僕が暮らしていた家の近所だった。それが、急に何かの衝撃を受けた様になった。画面が暗くなって見えなくなったかと思うと、住宅街の様子は一変していた。まるで焼け野原の様

だ。爆弾でも落とされた後のような。

「え、なんか気持ち悪り………何かあったような……」

 俺はハッとした。そう、割れそうなほどの痛みが頭を襲ってきて、辺りが歪んで見えた。そして、すぐ近くにいた母さんが燃えて—————

「やめろーーーー」

 俺が思い出していると、その思い出していた情景がモニターに映し出されてきた。俺自身まで映っている。そして、俺が頭を抱えて痛みに耐えている近くで、母さんが燃えて消えて行った。

「や、やめろよ!! 誰だよ、こんなの! ふざけんなよ。こんなの俺に見せて何がしたいんだよ」

 俺は、混乱していた。今の自分の状況もうまく呑み込めていなかった。だってそうだろ? いったいここが何処なのかも俺には分からない。

 だけど、映像は止まらない。寝ていたはずの父さんもお祖母ちゃんも一瞬にして母さんみたいに燃えていった。そして、その次は俺の家だ。でも、俺の家は形は残っていたままだ。

 映像の中の俺は外へ出た。見渡してもまともな建物も何もなくなって焼け野原の様になっている光景に対して、俺は目がいっている。

 映像は俺が知らないような場所もどんどん映し出し始めた。そのどれもが同じ様に一瞬にして姿が変わっていく。

「もう、やめてくれ! こんなの嘘なんだろ?」

 俺は辺りを見回した。そして、扉へ向かって走った。扉のノブを掴んで回そうとしたけど、回らない。当然扉も開かない。

 俺は、扉をバンバン叩いた。

「おい! ここから出せよ。何でおれを監禁なんかしてんだ。早く俺を元の家に戻せよ」

 どんなに扉を叩いても思い切り蹴っても、扉はビクともしない。

「うっ、また頭が急に………」

 頭が割れそうに痛くなってきた。俺はたまらずに頭を抱えてしゃがみこんだ。

「た、助けてくれ。い、痛い」

 また見えるものが歪み始めた。ぐにゃりと歪みだしたかと思うと、俺がいる部屋が急に燃え始めた。

『おい、やめろやめろ』

 俺の口から誰かの声が聞こえてきた。そう、俺の意思はないのに、俺は口を開いて話をしている。ただやっぱり俺の声とは違う。

『お前は覚醒したばかりだからな。コントロールがまるでできないだろうが、とにかくやめろ』

 なんなんだ、こいつは!

『お前は思っていたよりもずっと臆病だな。これは貧乏くじってやつを引いたかもしれん』

 また、俺を使って勝手に話している。それとも、俺が本当におかしくなったのか?

『人間は面倒だ。せっかくお前に合わせて分かるようにしてやっているというのに』

 俺はそんなことを頼んでいない。そもそも、俺の体を返せ。お前のせいで俺がしゃべれないじゃないか!

『臆病のくせに儂に対してはずいぶん威勢を張るな。まあ、それも面白い』

 なんなんだよ! 俺を馬鹿にしているのか?

『本当に短絡的思考だ。流石に愚かだぞ。だが、体は返してやる』

「なっ! あ、話せる!!」

『当たり前だろ。わしがそうしたのだから』

「お前はいったい誰だ? どうして俺をこんなところに閉じ込めておく」

 俺は辺りを見回した。モニターの裏側も見たり、天井も見たりした。きっと小さなカメラか何かがあって、俺のことを見ているんだ。

『やっぱり短絡的だ。わしはお前が考えているような存在ではない。そもそもわしにはお前みたいな体はない。そんな邪魔なもの必要がないのだ』

「じゃあ、今はどうやって話して………あ、これは声を聞いているんじゃないのか。直接俺の頭の中に話しかけてきているのか?? でも、まるでそんな感じがしない……………」

『お前の枠の中にしっかり納まってそこから離れた感覚にも考えにもなれない頭ではそうだろう。だが、お前の常識としていたものからかけ離れた状況に今はあることをしっかりと理解しろ』

「とにかく、ここから出してくれよ」

『いいだろう』

 訳の分からない奴がそう言ったかと思ったら、俺は扉しかない部屋にはいなかった。代わりに、空の上にいた。

                                次週(金曜日か土曜日)に続く

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